・・・許が賑かだから、船底を傾けて見ますとね、枕許を走ってる、長い黒髪の、白いきものが、球に乗って、……くるりと廻ったり、うしろへ反ったり、前へ辷ったり、あら、大きな蝶が、いくつも、いくつも雪洞の火を啣えて踊る、ちらちら紅い袴が、と吃驚すると、お・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・画工 (茫然として黙想したるが、吐息して立ってこれを視おい、おい、それは何の唄だ。小児一 ああ、何の唄だか知らないけれどね、こうやって唄っていると、誰か一人踊出すんだよ。画工 踊る? 誰が踊る。小児二 誰が踊るって、このね、・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・日のほかほかと一面に当る中に、声は噪ぎ、影は踊る。 すてきに物干が賑だから、密と寄って、隅の本箱の横、二階裏の肘掛窓から、まぶしい目をぱちくりと遣って覗くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂からも、暖な影を湧かし、羽を光らして、一斉に・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「何じゃ、骸骨が、踊を踊る。」 どたどたと立合の背に凭懸って、「手品か、うむ、手品を売りよるじゃな。」「へい、八通りばかり認めてござりやす、へい。」「うむ、八通り、この通か、はッはッ、」と変哲もなく、洒落のめして、「・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ だが、実をいうと二葉亭は舞台監督が出来ても舞台で踊る柄ではなかった。縦令舞台へ出る役割を振られてもいよいよとなったら二の足を踏むだろうし、踊って見ても板へは附くまい。が、寝言にまでもこの一大事の場合を歌っていたのだから、失敗うまでもこ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・晴れやかな陽の顔も、またあのやわらかな感じのする雲の姿も、みつばちのおとずれも、その楽しいことの一つでありましたが、その中にもいちばん喜ばしい心の踊ることは、美しいちょうのどこからか、飛んできて止まることでありました。 この道ばたに咲い・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・と、さっきから黙って、じっと娘の踊るのを見ていた女の人がいいました。 人々は、思い思いのことをいいました。中には、金を足もとへ投げてやったものもありました。中には、いろいろのことをしゃべりながら、いつか消えるように、銭もやらずに去ってし・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・そしてどちらの背中にも夏簾がかかっていて、その中で扇子を使っている人々を影絵のように見せている灯は、やがて道頓堀川のゆるやかな流れにうつっているのを見ると、私の人一倍多感な胸は躍るのでしたが、しかし、そんな風景を見せてくれた玉子を、あのいつ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・先程の婦人がそれにつれて踊るであろうような音楽です。時には嘲笑的にそしてわざと下品に。そしてそれが彼等の凱歌のように聞える――と云えば話になってしまいますが、とにかく非常に不快なのです。 電車の中で憂鬱になっているときの私の顔はきっと醜・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・熱血、身うちに躍る、これわが健康の徴ならずや。みな君が賜なり。』 青年の眼は輝きて、その頬には血のぼりぬ。『されば必ず永久の別れちょう言葉を口にしたもうなかれ。永久の別れとは何ぞ。人はあまりにたやすく永久の二字を口にす。恐ろし二字、・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫