・・・ ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松が所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水草を追うて漂浪した昔をおもい出させる。原をめぐった山々はいずれもわびしい灰色の霧につつまれて・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・ 思わず、その言に連れて振返ると、つれの浪路は、尾花で姿を隠すように、私の外套で顔を横に蔽いながら、髪をうつむけになっていた。湖の小波が誘うように、雪なす足の指の、ぶるぶると震えるのが見えて、肩も袖も、その尾花に靡く。……手につまさぐる・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠の法衣の隠れた時、ばさりと音して、塔婆近い枝に、山鴉が下りた。葉がくれに天狗の枕のように見える。蝋燭を啄もうとして、人の立去るのを待つのである。 衝と銜えると、大概は山へ飛ぶから間違はないのだが、怪・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・近い山も、町の中央の城と向合った正面とは違い、場末のこの辺は、麓の迫る裾になり、遠山は波濤のごとく累っても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山の端は、巨きな猪の横に寝た態に似た、その猪の鼻と言おう、中空に抽・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・一方が広々とした刈田との境に、垣根もあったらしいが、竹も塀もこわれごわれで、朽ちた杭ばかり一本、せめて案山子にでも化けたそうに灰色に残って、尾花が、ぼうと消えそうに、しかし陽を満々と吸って、あ、あ、長閑な欠伸でも出そうに、その杭に凭れている・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 山門を仰いで見る、処々、壊え崩れて、草も尾花もむら生えの高い磴を登りかかった、お米の実家の檀那寺――仙晶寺というのである。が、燈籠寺といった方がこの大城下によく通る。 去ぬる……いやいや、いつの年も、盂蘭盆に墓地へ燈籠を供えて、心・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 向って、外套の黒い裙と、青い褄で腰を掛けた、むら尾花の連って輝く穂は、キラキラと白銀の波である。 預けた、竜胆の影が紫の灯のように穂をすいて、昼の十日ばかりの月が澄む。稲の下にも薄の中にも、細流の囁くように、ちちろ、ちちろと声がし・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木の間から影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦の花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いている・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・空は底を返したるごとく澄み渡りて、峰の白雲も行くにところなく、尾上に残る高嶺の雪はわけて鮮やかに、堆藍前にあり、凝黛後にあり、打ち靡きたる尾花野菊女郎花の間を行けば、石はようやく繁く松はいよいよ風情よく、えんようたる湖の影はたちまち目を迎え・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・あるいは麦畑の一端、野原のままで残り、尾花野菊が風に吹かれている。萱原の一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先あがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父の諸嶺が黒く横たわッていて、あたかも地平線上を走って・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫