・・・ 佐藤をはじめ彼れの軽蔑し切っている場内の小作者どもは、おめおめと小作料を搾取られ、商人に重い前借をしているにもかかわらず、とにかくさした屈托もしないで冬を迎えていた。相当の雪囲いの出来ないような小屋は一つもなかった。貧しいなりに集って・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それを、おめおめと……、しかし、私は旅費を貰いながら、大阪へ帰ったら、死ぬつもりでした。そんなものを貰った以上、死ぬよりほかはもう浮びようがない。もう一度大阪の灯を見て死のうと思いました。その時の気持はせんさくしてみれば、ずいぶん複雑でした・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・いったん逐電したからにはおめおめ抱主のところへ帰れまい、同じく家へ足踏み出来ぬ柳吉と一緒に苦労する、「もう芸者を止めまっさ」との言葉に、種吉は「お前の好きなようにしたらええがな」子に甘いところを見せた。蝶子の前借は三百円足らずで、種吉はもは・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・魚容は気抜けの余りくらくら眩暈して、それでも尚、この場所から立ち去る事が出来ず、廟の廊下に腰をおろして、春霞に煙る湖面を眺めてただやたらに溜息をつき、「ええ、二度も続けて落第して、何の面目があっておめおめ故郷に帰られよう。生きて甲斐ない身の・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 結局私は白い花瓶と、こわれない別の青い壷との二点をさげておめおめと帰って来た。 主人は二つの品を丁寧に新聞紙で包んでくれて、そしてその安全な持ち方までちゃんと教えてくれた。私はすっかり弱ってしまって、丁度悪戯をしてつかまった子供の・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・瀕死の境に至っておめおめ帰りたくなるような事が起るくらいならば、移住を思立つにも及ぶまい。どうにか我慢して余生を東京の町の路地裏に送った方がよいであろう。さまざま思悩んだ果は、去るとも留るとも、いずれとも決心することができず、遂に今日に至っ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 自分が一旦宣言して、境遇から、或る人間の裡から去ったのに、どうして又病気になったからと云って、おめおめ尾を振って行かれましょう、この心持は、感情として、非常な力を持っています。 何も、総ての女性が経済上独力で生活すべき、と云う為に・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫