・・・この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠い所にまだ夢にも知らぬ不思議の生活があって、限無き意味を持っている形式に現われているのが、鐘の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・いずれにせよ、仙二はこの経験で、彼女を隣人として持つことは、どのような手数、心の重荷――厄介かということを知ったのであった。 青年団の寄合で、村会議員の清助に会った時、彼はざっくばらんに自分の意見を話した。「どんなもんだべ、俺、まだ・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 家庭の重荷ということばは、いつも婦人の側から激しくいわれる。けれども、今日の日本でどうして男の人もそう感じていないといえるだろう。まったく個人的にまもられ、まったく個人の努力で営まれているわれわれの一つ一つの家庭、しかも戦争の間暴力的・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・この事情は、国内的には人民の生活に重すぎる税となって重荷を加え、婦人子供の辛苦はひとしお深まってきていることを意味します。失業はふえ、生活費は高くなり、生活の安定は社会の全面でくずれかかってきています。 日本の状態は、日本のわたしたちの・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・経済事情が悪化している今日、学生のアルバイト、主婦の内職、また内職的な意味でのかけもち職業の問題が増えてきて、女性の重荷はましています。 積極的な意志で結婚した人々もこういう問題については、苦しい経験をしているわけです。根本は家事が個別・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 木村は重荷を卸したような心持をして、自分の席に帰った。一度出して通過しない書類は、なかなか二度目位で滞りなく通過するものではない。三度も四度も直させられる。そのうちには向うでも種々に考えて見るので、最初云った事とは多少違って来る。とう・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界を一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感じた。「兄き」と二男弥五兵衛が嫡子に言った。「兄弟喧嘩をするなと、お父っさんは言いおいた。それに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・何か書けが既に重荷であるに、文壇の事を書けはいよいよむずかしい。新聞に従事して居る程の人は固より知って居られるであろうが、今の分業の世の中では、批評というものは一の職業であって、能評の功を成就せんと欲するには、始終その所評の境界に接して居ね・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・それであるから、桂屋太郎兵衛の公事について、前役の申し継ぎを受けてから、それを重要事件として気にかけていて、ようよう処刑の手続きが済んだのを重荷をおろしたように思っていた。 そこへけさになって、宿直の与力が出て、命乞いの願いに出たものが・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・の成熟は「過去」が現在を姙まし、「過去」が現在の内に成長することにほかならなかった。今にして私は「過去を改造する意欲」の意味がようやくわかりかけたように思う。「過去」の重荷に押しつぶされるような人間は、畢竟滅ぶべき運命を担っているのであ・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫