・・・そこで竿をいたわって、しかも早く埒の明くようにするには、竿の折れそうになる前に切れ処から糸のきれるようにして置くのです。一番先の細い処から切れる訳だからそれを竿の力で割出していけば、竿に取っては怖いことも何もない。どんな処へでもぶち込んで、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・彼女は長い骨の折れた旦那の留守をした頃に、伜の娵としばらく一緒に暮した月日のことを思出した。その時は伜が側に居なかったばかりでなく、娵まで自分を置いて伜の方へ一緒になりに行こうとする時であった。「俺はツマラんよ」と彼女の方でそれを娵に言・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・なんでもお前さんは誰にも物を教わらないで、誰にも頭を屈めないでいて、とうとう枯れた籐のように折れてしまうのだわ。わたしそんな事にはならなくってよ。さようなら。いろいろ教えて頂戴したのね。難有うよ。お前さんのお蔭で、わたしはあの人が本当に可哀・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・翼の粉末が、折れた脚が、眼玉が、触角が、長い舌が、降るように落ちる。 食べたいものは、なんでも、と言われて、あずきかゆ、と答えた。老人が十八歳で始めて小説というものを書いたとき、臨終の老人が、あずきかゆ、を食べたいと呟くところの描写をな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・そのガラス窓を隔ててすぐそこに、信濃町で同乗した、今一度ぜひ逢いたい、見たいと願っていた美しい令嬢が、中折れ帽や角帽やインバネスにほとんど圧しつけられるようになって、ちょうど烏の群れに取り巻かれた鳩といったようなふうになって乗っている。・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・その前に教える事は極めて基礎的なところだけを、偏しない骨の折れない程度に止めた方がいい。それでもし生徒が文学的の傾向があるなら、それにはラテン、グリーキも十分にやらせて、その代り性に合わない学科でいじめるのは止した方がいい……」 これは・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・けど奥さんもずいぶん骨が折れますわ。幾歳だとか……」「絹ちゃんより少し若い。巳年だ」「巳は男好きだというけれど……」お絹はいささか非をつけるように言って、躯を壁ぎわの方へ去らして横になった。「それあ何だね」道太は何だかいっぱい入・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ はたで眺めるぶんには、仕事も気楽に見えるが、実際自分でやるとなると、たかがこんにゃく売りくらいでも、なかなか骨が折れるものだ。 ――こんにゃはァ、こんにゃはァ、 ただこのふれごえ一つだけでも、往来の真ン中で、みんなが見ているところ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・其葦の枯葉が池の中心に向つて次第に疎になつて、只枯蓮の襤褸のやうな葉、海綿のやうな房が碁布せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れて、それが鋭角に聳えて、景物に荒涼な趣を添へてゐる。此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射・・・ 永井荷風 「上野」
・・・覗いたように折れた其端が笠の内を深くしてそれが耳の下で交叉して顎で結んだ黒い毛繻子のくけ紐と相俟って彼等の顔を長く見せる。有繋に彼等は見えもせぬのに化粧を苦にして居る。毛繻子のくけ紐は白粉の上にくっきりと強い太い線を描いて居る。削った長い木・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫