・・・そこへ――ちょうどその曲の終りかかったところへ幸い主人が帰って来るのです。 主筆 それから? 保吉 それから一週間ばかりたった後、妙子はとうとう苦しさに堪え兼ね、自殺をしようと決心するのです。が、ちょうど妊娠しているために、それを断・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 兄は尾張町の角へ出ると、半ば独り言のようにこう云った。「だから一高へはいりゃ好いのに。」「一高へなんぞちっともはいりたくはない。」「負惜しみばかり云っていらあ。田舎へ行けば不便だぜ。アイスクリイムはなし、活動写真はなし、―・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・自働車はちょうど人通りの烈しい尾張町の辻に止まっている。「では皆さん、さようなら。」 数時間の後、保吉はやはり尾張町のあるバラックのカフェの隅にこの小事件を思い出した。あの肥った宣教師はもう電燈もともり出した今頃、何をしていることで・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ この上いうことはないように思います。終わりに臨んで諸君の将来が、協力一致と相互扶助との観念によって導かれ、現代の悪制度の中にあっても、それに動かされないだけの堅固な基礎を作り、諸君の精神と生活とが、自然に周囲に働いて、周囲の状況をも変・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・この一語は診察の終わりであった。多くの姉妹らはいまさらのごとく声を立てて泣く、母は顔を死児に押し当ててうつぶしてしまった。池があぶないあぶないと思っていながら、何という不注意なことをしたんだろう。自分もいまさらのごとくわが不注意であったこと・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・も通り抜けて、終りになり、踊り手は畳に手を突いて、しとやかにお辞儀をした。こうして踊って来た時代もあったのかと思うと、僕はその頸ッ玉に抱きついてやりたいほどであった。「もう、御免よ」吉弥は初めて年増にふさわしい発言をして自分自身の膳にも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・(このピヤノは後に吉原の彦太楼尾張屋の主人が買取った。この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵や文楼の系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢を着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青の名品を五百鉢から持っていた物数寄であった。ピヤノを買・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・という丁の終りまではシドロモドロながらも自筆であるが、その次の丁からは馬琴のよめの宗伯未亡人おミチの筆で続けられてる。この最終の自筆はシドロモドロで読み辛いが、手捜りにしては形も整って七行に書かれている。中には『回外剰筆』にある通り、四行五・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして年の終りになったら立派に表装して、私の Libraryのなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ ある夏のこと、ちょうど休暇が終わりかけるころから、年郎くんの家のいちじゅくは、たくさん実を結んで、それは紫色に熟して、見るからにおいしそうだったのです。 ちょうど遊びにきた吉雄くんは、これを見て、びっくりしました。「これは、い・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
出典:青空文庫