・・・私は工場で余り乾いた空気と、高い温度と綿屑とを吸い込んだから肺病になったんだ。肺病になって働けなくなったから追い出されたんだ。だけど使って呉れる所はない。私が働かなけりゃ年とったお母さんも私と一緒に生きては行けないんだのに」そこで彼女は数日・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・裁判は急転直下、有利に解決し、今度は乾分をやった方の男が音頭をとって経営しはじめたが、この男は満州へばかり度々出かけるし、濫費するので、遂に専務をやめざるを得なくなった。 ここへ別の一人物が登場して来る。某大銀行の持っているドックで働い・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・むしろ、大人気なくあるまいとしたポーズそのもののなかに人間性も人間理性も追いこまれて、それなりに凍結させられ、やがて氷がとけたときとり出された知性は、鮮度を失って、急な温度の変化にあった冷凍物特有の悲しい臭気を放った現実を、大なり小なりわた・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・そして必要な温度のある部屋で休んで、また翌日昼間働いてこれを一定の期間繰返して行くうちになるべき病気にならずに済む。 ソヴェトの今の衛生の目標は予防ということ、病気になったものを手当するより、ならない前に手当するという主義で熱心にやって・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・林房雄、中河与一氏などが音頭とりで、名称も懇話会よりは一層鮮明に、一傾向を宣言したものである。日に日に新たなる日本であるから、新日本主義も響きとして生新なようでもあるが、日本文学を新たな角度から把握しようとするその態度・方向においては、その・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・ 熱の高低が激しくて看護婦のつける温度表には随分激しい山がたが描かれて居るので彼女と両親は夜も寝ないで心配を仕つづけて来ました。 大柄だと云ってもまだやっと満七つと幾月と云う体なのですものそこへ三つも氷嚢をあてて胸に大きな湿布を巻き・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・ 室内の温度の余り高いのを喜ばない秀麿は、煖炉のコックを三分一程閉じて、葉巻を銜えて、運動椅子に身を投げ掛けた。 秀麿の心理状態を簡単に説明すれば、無聊に苦んでいると云うより外はない。それも何事もすることの出来ない、低い刺戟に饑えて・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・彼の肉体が毛布の中で自身の温度のために膨張する。彼の田虫は分裂する。彼の爪は痒さに従って活動する。すると、ますます活動するのは田虫であった。ナポレオンの爪は彼の強烈な意志のままに暴力を振って対抗した。しかし、田虫には意志がなかった。ナポレオ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫