・・・考えてみると、うすら寒いアルバムですね。開巻、第一ペエジ、もう主人公はこのとおり高等学校の生徒だ。実に、唐突な第一ペエジです。 これはH高等学校の講堂だ。生徒が四十人ばかり、行儀よくならんでいるが、これは皆、私の同級生です。主任の教授が・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ というのが開巻第一頁だ。どうも、自分の文章を自分で引用するというのは、グロテスクなもので、また、その自分の文章たるや、こうして書き写してみると、いかにも青臭く衒気満々のもののような気がして来て、全く、たまらないのであるが、そこがれいの・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・一体口調の惹き起す快感情緒といったようなものは何処から来るかというと、ちょっと考えた処では音となって耳から這入る韻感の刺戟が直接に原因となるように思われるが、実は音を出す方の口の器官の運動に伴う筋肉の感覚を通じて生ずるものである。立入った理・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・それがちょうど俳諧連句の句々の連珠のようなモンタージュによって次々に展開進行して行くのである。開巻第一に現われる風の草原の一シーンから実に世にも美しいものである。風にゆれる野の草がさながら炎のように揺れて前方の小高い丘の丸山のほうへなびいて・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・手でも足でも思い切り自由に伸ばしたり縮めたりしてはね回っているけれども、その運動の均衡が実に安定であって、非常によくバランスのとれた何かの複雑なエンジンの運転を見ているような不思議な快感がある。 二人の呼吸が実によく合っている。そこから・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・そうして七十歳にでもなったらアルプスの奥の武陵の山奥に何々会館、サロン何とかいったような陽気な仙境に桃源の春を探って不老の霊泉をくむことにしよう。 八歳の時に始まった自分の「銀座の幻影」のフィルムははたしていつまで続くかこればかりはだれ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・という冒険には相当な誘惑を感じる若者も多かったであろうが、中にはわざわざ彼女達につかまって田の泥を塗られることの快感を享楽するために出かける人もあるという話を聞いたことがあったようである。 一度実際に泥を塗られている場面を見たことがある・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・理髪師の鋏が濃密な髪の一束一束を切って行く音にいつも一種の快感を味わっていた私は、今自分で理髪師の立場からまた少しちがった感覚を味わっているような気がした。それから子供の時分に見世物で見た象が、藁の一束を鼻で巻いて自分の前足のひざへたたきつ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・同時にまた灸の刺激が一種の涼風のごときかすかな快感を伴なっていたかのごとき漠然たる印象が残っているのである。 背中の灸の跡を夜寝床ですりむいたりする。そのあとが少し化膿して痛がゆかったり、それが帷子でこすれでもすると背中一面が強い意識の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
一 亀井戸まで 久しぶりで上京した友人と東京会館で晩餐をとりながら愉快な一夕を過ごした。向こうの食卓には、どうやら見合いらしい老若男女の一団がいた。きょうは日がよいと見える。近ごろの見合いでは、たいてい婿殿・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
出典:青空文庫