・・・ 東京会館で夕飯。お濠の景色。日本風なすき焼部屋。ミスが、面白い変化物語と、アナトール・フランス風の話をした。変化物語、なかなか日本の土俗史的考証が細かで、一寸秋成じみた着想もあり、面白かった。 九時過Nさんと自動車で、自分林町へ廻・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・ 段々、かたくなく文字が流れ出す快感を覚える。何処まで、形式、内容が発達して行くか、 私にとっては、頭のためにも、感情のためにも、よい余技を見出した。 五月一日あらゆるものが、さっと芽ぐみ、何と云う 春だ!・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・赤いプラカートの張りまわされた労働組合会館の広間で活溌な討論が数日間行われた。 若い労農文学衝撃隊員たちは、再建設期にあるソヴェト同盟の生産と芸術に対する新しい活動の計画をもって再びめいめいの職場へ戻った。 同時に「ラップ」は成員を・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・それも、或る種の娘さんの性格や感情には一つの快感であるのかもしれないけれども、そこには極めて微妙な女性の被虐的美感への傾倒も感じられなくはない。能の、動きの節約そのものの性質のなかには、明らかに日本の中世の社会生活からもたらされた被虐性、情・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ セラフィモウィッチ、スルコフなどが主となって研究委員会が「赤軍中央会館」で行われた。一九三〇年初秋のことだ。 ソヴェトが、帝国主義に包囲されているという国際的地位からみて、当然、もっと早く作家の問題となるべきことだった。世界の人民・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
・・・けれども、前をゆく三人ばかりの、いかにも図書館の常連らしい中年の男の人々が次々植込みに消えるところをみれば、きょうは開館しているらしい。だらだら坂を、もと入場券売場になっていた小さい別棟の窓口へのぼって行った。そしたら、そこはもう使われてい・・・ 宮本百合子 「図書館」
・・・ 渡辺はしばらくなにを思うともなく、なにを見聞くともなく、ただ煙草をのんで、体の快感を覚えていた。 廊下に足音と話し声とがする。戸が開く。渡辺の待っていた人が来たのである。麦藁の大きいアンヌマリイ帽に、珠数飾りをしたのをかぶっている・・・ 森鴎外 「普請中」
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。開巻第一の所謂扉一枚の次に文芸委員会の文句が挿んであるが、あれも委員会からの注意を受けて、ようよう入れた・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・その出て行くときの彼女の礼節を無視した様子には、確に、長らく彼女を虐めた病人と病院とに復讎したかのような快感が、悠々と彼女の肩に現われていた。 六 梅雨期が近づき出すと、ここの花園の心配はこの院内のことばかりでは・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫