・・・言文一致ニカギル、コウ思附イタ上ハ、基礎ヤ標準ヤニ頓着スルマデモアリマセヌ、タダヤタラニオハナシ体ヲ振廻シサエスレバ、ドコカラカ開化ガ参リマスソウデ、私モマケズニ言文一致デコノ手紙ヲシタタメテ差上ゲマス、今ニ三輪田君ノ梅見ニ誘ウ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ そのうちに、階下の八角時計が九時を打った。それから三十分も経ったと思うころ、外から誰やら帰ってきた気勢で、「もう商売してきたの、今夜は早いじゃないか。」と上さんの声がする。 すると、何やらそれに答えながら、猿階子を元気よく上っ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そこはトキワ会が近くて絵を借りに行くのが便利だったのと、階下がうどん屋だから、自炊の世話がいらなかったからです。ところが、そのうどん屋では酒も出すので、寒い夜道を疲れて帰った時などつい飲みたくなる。もともといける口だし、借も利くので、つい飲・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼女は私より二つ下の二十七歳、路地長屋の爪楊枝の職人の二階を借りた六畳一間ぐらしの貧乏な育ち方をして来たが、十三の歳母親が死んだ晩、通夜にやって来た親戚の者や階下の爪楊枝の職人や長屋の男たちが、その六畳の部屋に集って、嬉しい時も悲しい時もこ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・自分も鎌倉から出てきて一年余りの下宿生活の間に、三四度も来たことのある階下の広い部屋だったが、その晩は思いがけなくクリスマスの夜だった。入口の隅のクリスマスの樹――金銀の眩い装飾、明るい電灯――その下の十いくつかのテーブルを囲んだオールバッ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 喬は心の中でもう電車がなくなっていてくれればいいと思った。階下のおかみは「帰るのがお厭どしたら、朝まで寝とおいやしても、うちはかましまへん」と言うかも知れない。それより「誰ぞをお呼びやおへんのどしたら、帰っとくれやす」と言われる方・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・その階下が浴場になっていた。 浴場は溪ぎわから石とセメントで築きあげられた部厚な壁を溪に向かって回らされていた。それは豪雨のために氾濫する虞れのある溪の水を防ぐためで、溪ぎわへ出る一つの出口がある切りで、その浴場に地下牢のような感じを与・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・めにあの仲のよい姑と嫁がどうして衝突を、と驚かれ候わんかなれど決してご心配には及ばず候、これには奇々妙々の理由あることにて、天保十四年生まれの母上の方が明治十二年生まれの妻よりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党なることこそその原因に・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ この階下の大時計六時を湿やかに打ち、泥を噛む轍の音重々しく聞こえつ、車来たりぬ、起つともなく起ち、外套を肩に掛けて階下に下り、物をも言わで車上に身を投げたり。運び行かるる先は五番町なる青年倶楽部なり。 倶楽部の人々は二郎が南洋航行・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・円満な、理想的な夫婦は増鏡にたとえ、松の緑にたとえ、琴の音にたとえたいような尊い諧和なのだ。子どものある、落ち着いた夫婦は実に安泰な美しいものだ。子どもがないなら、共同の仕事、道、理想をもって、子どもと見るがいい。またこの時期の妻らしき、母・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫