・・・ その題目は「現代日本の開化」と云うので、現代と云う字は下へ持って来ても上へ持って来ても同じ事で、「現代日本の開化」でも「日本現代の開化」でも大して私の方では構いません。「現代」と云う字があって「日本」と云う字があって「開化」と云う字が・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・実は文学の標榜するところは何と何でその表現し得る題目はいかなる範囲に跨がって、その人を動かす点は幾ヵ条あって、これらが未来の開化に触るるときどこまで押拡げ得るものであるか、いまだ何人も組織的に研究したものがおらんのである。またすこぶるできに・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ 二階へ上って、しばらく社のものと話した後、余は口の利けない池辺君に最後の挨拶をするために、階下の室へ下りて行った。そこには一人の僧が経を読んでいた。女が三四人次の間に黙って控えていた。遺骸は白い布で包んでその上に池辺君の平生着たらしい・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・とにかく職業は開化が進むにつれて非常に多くなっていることが驚くばかり眼につくようです。ところがこれは当り前のことで学問の研究の上から世の中の変化とでも云いましょうか、漠然たる社会の傾向とでも云いましょうか、必然の勢そういうように割れて細かに・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・もし我々が小説家から、人間と云うものは、こんなものであると云う新事実を教えられたならば、我々は我々の分化作用の径路において、この小説家のために一歩の発展を促されて、開化の進路にあたる一叢の荊棘を切り開いて貰ったと云わねばならんだろうと思いま・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・西洋人が予期せざる日本の文明に驚ろくのは、彼らが開化という観念を誤まり伝えて、耶蘇教的カルチュアーと同意義のものでなければ、開化なる語を冠すべきものでないと自信していたからであるというが如きはその一例である。西洋の開化と耶蘇教的カルチュアー・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 私はかつて或所で頼まれて講演した時、「日本現代の開化」という題で話しました。今日は題はない。分らなかったから、こしらえませんでした。 その講演のとき開化の definition を定めました。開化とは人間の energy の発現の・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・この国の文学美術がいかに盛大で、その盛大な文学美術がいかに国民の品性に感化を及ぼしつつあるか、この国の物質的開化がどのくらい進歩してその進歩の裏面にはいかなる潮流が横わりつつあるか、英国には武士という語はないが紳士と〔いう〕言があって、その・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚の際万国史の草を記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭で結んだ右足を左りの上へ乗せて鵞ペンの先を紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・ 人数に比べて部屋の数が多過ぎるので、寄宿舎は階上を自習室にあて、階下を寝室にあててあった。どちらも二十畳ほど敷ける木造西洋風に造ってあって、二人では、少々淋しすぎた。が、深谷も安岡も、それを口に出して訴えるのには血気盛んに過ぎた。・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫