・・・日本の検察力を発揮しようとするならば、昨年初夏の怪死事件について、日本の検察として、明らかにするべき点を明らかにされたいと欲します。 以上、わたくしは一人の文学者として起訴につよく反対いたします。 同時に、わたくしの心に生じている疑・・・ 宮本百合子 「「チャタレー夫人の恋人」の起訴につよく抗議する」
・・・このごろの上下の衆のもどらるゝ 去来腰に杖さす宿の気ちがひ 芭蕉二の尼に近衛の花のさかりきく 野水蝶はむぐらにとばかり鼻かむ 芭蕉芥子あまの小坊交りに打むれて 荷・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ と云いながら安堵した様子をかくさず、袂から懐紙の四つに畳んだのを出してくれる。私は、それをとりながら母の顔を見て、お母さま、間違えたな、吝ん坊! と大笑いした。私の勢こんだ様子で、母は小遣いをくれというのかと思って警戒するのであった。・・・ 宮本百合子 「母」
・・・して此の勇敢なる結果としての効果は、より主観的に対象を個性化せんと努力した芸術的創造として、新しき芸術活動を開始する者にとっては、絶えずその進化を捉縛される古きかの「必然」なる墓標的常識を突破した、喜ばしき奔騰者の祝賀である。より深・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を開始した。 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Tric・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・世界の女優はここに競争を開始した。 今宵チュウリンの街を貫ぬく叫び声は C' auche lei……ベルナアルのほかになお一人あり。 一年もたたぬ間にイタリーは小さいデュウゼに充ち充ちた。頭髪をかきむしり、指を噛み、よろめき泣く。彼・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫