・・・いくつもの峠を越えて海藻の〔数文字空白〕を着せた馬に運ばれて来たてんぐさも四角に切られて朧ろにひかった。嘉吉は子供のように箸をとりはじめた。 ふと表の河岸でカーンカーンと岩を叩く音がした。二人はぎょっとして聞き耳をたてた。 音はなく・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・その六十里の海岸を町から町へ、岬から岬へ、岩礁から岩礁へ、海藻を押葉にしたり、岩石の標本をとったり、古い洞穴や模型的な地形を写真やスケッチにとったり、そしてそれを次々に荷造りして役所へ送りながら、二十幾日の間にだんだん南へ移って行きました。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ この時期の評論が、どのように当時の世界革命文学の理論の段階を反映し、日本の独自な潰走の情熱とたたかっているかということについての研究は、極めて精密にされる必要がある。そして、当時のプロレタリヤ文学運動の解釈に加えられた歪曲が正される必・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ この本をよみはじめた時代の思い出のなかで、ゴーリキイは、きょうのわたしたちにとって極めて暗示にとんだ回想をしている。わたしの生活はこのようにあんまり野蛮で苦しかったから、読む本は英雄的なものや、空想的なものが面白かった。そういう本をよ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・日本の社会が、あらゆる階層を通じてとくに婦人に重く苦しい現実を強いていることは、人生を愛す気質をもって生れている伸子を一九二七年の空気のなかで、社会主義へ近づけずにいなかった。「二つの庭」で、伸子は、これまで人として女として自然発生にあった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・「ある回想から」という私の文章のなかで割合くわしくふれているけれども、中野と私とは内務省へ行ってそういう理由のはっきりしない執筆禁止について抗議した。それから、私は、当時、保護観察所と云って、治安維持法にふれたことのある人々を、四六時中・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・いま毎日新聞に連載されているチャーチルの回想録をよんでもそれははっきりわかるし、最近並河亮氏が訳したアプトン・シンクレアの大長篇の一部「勝利の世界」をよんでもまざまざと描きだされている。主人公ラニー・バットは、フランスがヴィシーに政府をうつ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ これまで文化は、生活にゆとりのある階層の占有にまかされて来た。侵略戦争がはじめられて、それまでの平和と自由をのぞむ文化の本質が邪魔になりはじめたとき、谷川徹三氏の有名な文化平衡論が出た。日本に、少数の人の占有する高い文化があり、一方に・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 私は殊に、芸術家の如何なる階層の人もこの自然美の観賞と云う事に敏い眼を持って居て欲しいと思う。 私共がすでに自然の産物である以上、その親をしたうに何の批評が入用ろう、 何の思考が入ろう。 或人は室中に何も置かない方がまとま・・・ 宮本百合子 「雨滴」
・・・ この趣の深い回想から、母親思いで「即興詩人」の活字を特に大きくさせたという鴎外の生涯は、その美しい噂の一重彼方では、一通りでなく封建的な親子の関係でいためつけられて来ていたこともうかがわれる。鴎外はそれと正面から争うことに芸術家として・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
出典:青空文庫