・・・ 二郎は、こうして街道を歩いてゆく知らぬ人を見るのが好きでした。 さまざまなことを空想したり、考えたりしていると、独りでいてもそんなにさびしいとは思わなかったからです。 暖かな風が、どこからともなく吹いてくると、乾いた白い往来の・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・しかし、この四つ街道でよくみんなが道をまちがえるのだ。知らぬ人は困るだろう。」と、おじいさんはいいました。「おじいさん、この四つ街道の行く先は、どこと、どこだか、私によく教えてください。」と、少年は頼みました。 おじいさんは、一つの・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ それは彼の田舎の家の前を通っている街道に一つ見窄らしい商人宿があって、その二階の手摺の向こうに、よく朝など出立の前の朝餉を食べていたりする旅人の姿が街道から見えるのだった。彼はなぜかそのなかである一つの情景をはっきり心にとめていた。そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることはなく、したがってかの晩初めて会堂に行った気が今でもするのであります。 道々二・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・彼は今しも御最後川を渡りて浜に出で、浜づたいに小坪街道へと志しぬるなり。火を目がけて小走りに歩むその足音重し。 嗄れし声にて、よき火やとかすかに叫びつ、杖なげ捨てていそがしく背の小包を下ろし、両の手をまず炎の上にかざしぬ。その手は震い、・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・ 丘のふもとに、雪に埋れた広い街道がある。雪は橇や靴に踏みつけられて、固く凍っている。そこへ行くまでに、聯隊の鉄条網が張りめぐらされてあった。彼は、毎晩、その下をくぐりぬけ、氷で辷りそうな道を横切って、ある窓の下に立ったのであった。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・というところがあるが、それで行止りになってしまうのだから、それから先はもうどこへも行きようは無いので、川を渡って東岸に出たところが、やはり川下へ下るか、川浦という村から無理に東の方へ一ト山越して甲州裏街道へと出るかの外には路も無いのだから、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 二十五日、朝、基督教会堂に行きて説教をきく。仏教もこの教も人の口より聞けば有難からずと思いぬ。 二十六日、いかがなしけん頭痛烈しくしていかんともしがたし。 二十七日、同じく頭痛す。 二十八日、少許の金と福島までの馬車券とを・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・旧い街道の跡が一筋目につくところまで進んで行くと、そこはもう私の郷里の入り口だ。途中で私は森さんという人の出迎えに来てくれるのにあった。森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新築の家の工事まで、ほとんどいっさ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ゆるい勾配が、麓の街道までもかず枝のからだをころがして行くように思われ、嘉七も無理に自分のからだをころがしてそのあとを追った。一本の杉の木にさえぎ止められ、かず枝は、その幹にまつわりついて、「おばさん、寒いよう。火燵もって来てよう。」と・・・ 太宰治 「姥捨」
出典:青空文庫