・・・「風俗壊乱」の文士らしく若気の至りの放蕩無頼を気取って、再びデンと腰を下し、頬杖ついて聴けば、十銭芸者の話はいかにも夏の夜更けの酒場で頽廃の唇から聴く話であった。 もう十年にもなるだろうか、チェリーという煙草が十銭で買えた頃、テンセンと・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ぼくは幼ないジレッタント同志で廻覧雑誌を作りました。当時、歌人を志していた高校生の兄が大学に入る為帰省し、ぼくの美文的フォルマリズムの非を説いて、子規の『竹の里歌話』をすすめ、『赤い鳥』に自由詩を書かせました。当時作る所の『波』一篇は、白秋・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・敵軍潰乱全線に総退却。 Kは号外をちらと見て、「あなたは?」「丙種。」「私は甲種なのね。」Kは、びっくりする程、大きい声で、笑い出した。「私は、山を見ていたのじゃなくってよ。ほら、この、眼のまえの雨だれの形を見ていたの。みん・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・修養されたる感覚の快楽を知らざる原始的健全なる某帝国の社会においては、婦人の裸体画を以て直に国民の風俗を壊乱するものと認めた。南阿弗利加の黒奴は獣の如く口を開いて哄笑する事を知っているが、声もなく言葉にも出さぬ美しい微笑によって、いうにいわ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 国民食の研究資料として、主婦たちの声をとりあつめるのも、隣組の回覧板と一緒に出来ないことでもなかりそうに思える。防犯隣組は出来ても、そういう活動は気づかれていないところに、考えるべきものがあると思われる。『婦人之友』の調査で、うど・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・けれども、はじめに触れたような壊乱的状況とこんぐらかって、この理論がこねまわされたために、客観的に研究されるよりも、当時の心理に便宜な方向への解釈で支離滅裂にちぎられた。社会主義的リアリズムにいたる以前の個々の社会事情の現実の究明、日本なら・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
私のところへ送付された十数篇の応募原稿の中から、左の四篇を予選にのこして回覧した。予選には洩れたが、何かの意味で書き直したら作者の勉強になるだろうと考えられた作品にはそれぞれ寸評を加えて原稿を送りかえした。 今回は、大・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリン・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・実際こっちでは、治安妨害とか、風俗壊乱とか云う名目の下に、そんな人を羅致した実例を見たことがない。しかしこう云うことを洗立をして見た所が、確とした結果を得ることはむずかしくはあるまいか。それは人間の力の及ばぬ事ではあるまいか。若しそうだと、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・その趣意は、あんな消極的思想は安寧秩序を紊る、あんな衝動生活の叙述は風俗を壊乱するというのであった。 丁度その頃この土地に革命者の運動が起っていて、例の椰子の殻の爆裂弾を持ち廻る人達の中に、パアシイ族の無政府主義者が少し交っていたのが発・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫