・・・ 祠辺の老樹精萃を蔵す 帳裡の名香美人を現ず 古より乱離皆数あり 当年の妖祟豈因無からん 半世売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・関東煮屋をやると聴いて種吉は、「海老でも烏賊でも天婦羅ならわいに任しとくなはれ」と手伝いの意を申し出でたが、柳吉は、「小鉢物はやりまっけど、天婦羅は出しまへん」と体裁よく断った。種吉は残念だった。お辰は、それみたことかと種吉を嘲った。「私ら・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ あたりのさまを見るに我らが居れる一ト棟は、むかし観音院といいし頃より参詣のものを宿らしめんため建てたると覚しく、あたかも廻廊というものを二階建にしたる如く、折りまがりたる一トつづきのいと大なる建物にて、室の数はおおよそ四十もあるべし。・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・食堂から奥の座敷へ通うところは廻廊風に出来ていて、その間に静かな前栽がある。可成広い、植木の多い庭が前栽つづきに座敷の周囲を取繞いている。古い小さな庭井戸に近く、毎年のように花をつける桜の若木もある。他の植木に比べると、その細い幹はズンズン・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・せめて様々の料理を取寄せ、食卓を賑かにして、このどうにもならぬ陰鬱の気配を取払い度く思い、「うなぎと、それから海老のおにがら焼と茶碗蒸し、四つずつ、此所で出来なければ、外へ電話を掛けてとって下さい。それから、お酒。」 母はわきで聞い・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ぎょっとして、それから二人こわごわ這い出し、襖をそっとあけてみると、祝い物の島台に飾られてある伊勢海老が、まだ生きていて、大きな髭をゆるくうごかしていたのである。物音の正体を見とどけて、二人は顔を見合せ、それからほのぼの笑った。こんないい思・・・ 太宰治 「花燭」
・・・にぎりずしの盛合せ。海老サラダ。イチゴミルク。 その上、キントンを所望とは。まさか女は誰でも、こんなに食うまい。いや、それとも?行進 キヌ子のアパートは、世田谷方面にあって、朝はれいの、かつぎの商売に出るので、午後二時・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・甚だしきに到っては、ビイルを二本くらい持参して、まずそれを飲み、とても足りっこ無いんだから、主人のほうから何か飲み物を釣り出すという所謂、海老鯛式の作法さえ時たま行われているのである。 とにかく私にとって、そのような優雅な礼儀正しい酒客・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ いつか新橋のおでんやで、若い男が、海老の鬼がら焼きを、箸で器用に剥いて、おかみに褒められ、てれるどころかいよいよ澄まして、またもや一つ、つるりとむいたが、実にみっともなかった。非常に馬鹿に見えた。手で剥いたって、いいじゃないか。ロシヤ・・・ 太宰治 「食通」
・・・わるくないね。海老のつくだ煮じゃないか。よく手にはいったね。」「しなびてしまって。」家の者には自信が無い。「しなびてしまっても海老は海老だ。僕の大好物なんだ。海老の髭には、カルシウムが含まれているんだ。」出鱈目である。 食卓には・・・ 太宰治 「新郎」
出典:青空文庫