・・・ 会話の進行は、また内蔵助にとって、面白くない方向へ進むらしい。そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下の辞を述べながら、巧にその方向を転換しようとした。「手前たちの忠義をお褒め下さるのは難有いが、手前一人の量見では、お恥しい方が先・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ こう云う会話も耳へはいった。今朝は食事前に彼が行って見ると、母は昨日一昨日よりも、ずっと熱が低くなっていた。口を利くのもはきはきしていれば、寝返りをするのも楽そうだった。「お肚はまだ痛むけれど、気分は大へん好くなったよ。」――母自身も・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そして彼の後ろから来る小作人たちのささやきのような会話に耳を傾けた。「夏作があんなだに、秋作がこれじゃ困ったもんだ」「不作つづきだからやりきれないよ全く」「そうだ」 ぼそぼそとしたひとりごとのような声だったけれども、それは明・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 帳場は抽象論から実際論に切込んで行った。「馬はあるが、プラオがねえだ」 仁右衛門は鼻の先きであしらった。「借りればいいでねえか」「銭子がねえかんな」 会話はぷつんと途切れてしまった。帳場は二度の会見でこの野蛮人をど・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一句、一句、会話に、声に――がある……がある……! が重る。――私は夜も寝られないまで、翌日の日を待ちあぐみ、日ごとにその新聞の前に立って読み耽った。が、三日、五日、六日、七日になっても、まだその二人は谷と谷を隔てている。!……も、――も、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・豪雨は牛舎の屋根に鳴音烈しく、ちょっとした会話が聞取れない。いよいよ平和の希望は絶えそうになった。 人が、自殺した人の苦痛を想像して見るにしても、たいていは自殺そのものの悲劇をのみ強く感ずるのであろう。しかし自殺者その人の身になったなら・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・三人はなおしきりに金魚をながめて年相当な会話をやってるらしい。 あとから考えたこの時の状態を何といったらよいか。無邪気な可憐な、ほとんど神に等しき幼きものの上に悲惨なる運命はすでに近く迫りつつありしことを、どうして知り得られよう。・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って来るナショナル読本の一と二とを読まして見ることにした。お君さんとその弟の正ちゃんとが毎日午後時間を定めて習いに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 二人の交えた会話はこれだけであった。 女学生ははっきりした声で数を読みながら、十二歩歩いた。そして女房のするように、一番はずれの白樺の幹に並んで、相手と向き合って立った。 周囲の草原はひっそりと眠っている。停車場から鐸の音が、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 一日の生活のある一片を捉えるのもいゝし、ある感情の波動を抒べるのもいゝし、ある思想に形を与えるのもいゝし、人と人との会話のある部分を写すのもいゝと思う。 一つよりも十の習練である。十の習練よりも二十の習練である。初めから文章のうま・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
出典:青空文庫