・・・たとえば、(きょう本を買うにしても三味この頃芝居の切符を買う人の買い方が大変変って来たとききます。預金封鎖の強化と失業におびやかされて、芝居ずきの人も手当りばったりに金を出さなくなったわけです。本やでも同じことが云われはじめました。本当にい・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・ 猫の、いやに軟い跫音のない動作と、ニャーと小鼻に皺をよせるように赤い口を開いて鳴きよる様子が、陰性で、ぞっとするのである。 飼うのなら犬が慾しいと思ったのは、もう余程以前からのことだ。結婚後、散歩の道づれに困ることを知ってその心持・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・小鳥を飼う等と云う長閑そうなことが、案外不自然な、一方のみの専横を許して居るのではなかろうか。 此等の愛らしい無邪気な鳥どもが、若し私達が餌を忘れれば飢えて死ななければならない運命に置かれて居ると知るのは、いい心持でなかった。 飼わ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ 余り市中から遠くない半郊外で、相当に展望もあり、本でも読める樹蔭があると同時に、小さい野菜畑や、鶏でも飼う裏庭があったら、田園生活のすきな自分は如何程よろこぶでしょう。 けれども、斯うやって、電車の音のする、古い八畳で、此を書・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ 僕話したじゃないか、ワロージャからナターリヤ・イワーノヴナがとりあげて、あとで籠へ入れて、僕たち皆で飼うように呉れたやつさ! 生きてる? ――どうだろうね、私も知らないよ。 ミーチャは、この三月からもう工場の中の托児所へは行かなか・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・とて床の上ジューたんの上におっこったするといきなり骨ばったでっかい指がニュッと出で体を宙にもちあげたそしてその手のもちぬしはズーズー声でこう云った「なああんた、おらが先ごろ飼うて居た七面鳥が大すきでくれれ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・首をたれて右の手でそれを支う。静かに幕 第二幕 第二場 場処 イタリー、サレルノの一農家景 舞台の略中央に、貧しいながらも白い清潔な帳を垂れた寝台が置いてある。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・きい邸を構えて、田畑に米麦を植えさせ、山では猟をさせ、海では漁をさせ、蚕飼をさせ、機織をさせ、金物、陶物、木の器、何から何まで、それぞれの職人を使って造らせる山椒大夫という分限者がいて、人なら幾らでも買う。宮崎はこれまでも、よそに買い手のな・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・然るに借家ずまいをしていて鶏を飼うなんぞというのは僭越もまた甚しい。サアベルをさして馬に騎っているものは何をしても好いと思うのは心得違である。大抵こんな筋であって、攻撃余力を残さない。女はこんな事も言う。鶏が何をしているか知らないばかりでは・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばかりの間にすわっていると、家主の飼う蜜蜂が折々軒のあたりを飛んで行く。二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒るいとぐるまの音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫