・・・いやしき恋にうき身やつさば、姫ごぜの恥ともならめど、このならわしの外にいでんとするを誰か支うべき。『カトリック』教の国には尼になる人ありといえど、ここ新教のザックセンにてはそれもえならず。そよや、かのロオマ教の寺にひとしく、礼知りてなさけ知・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・このめぐりの野は年毎に一たび焚きて、木の繁るを防ぎ、家畜飼う料に草を作る処なれば、女郎花、桔梗、石竹などさき乱れたり。折りてかえりて筒にさしぬ。午後泉に入りて蟹など捕えて遊ぶ。崖を下りて渓川の流に近づかんとしたれど、路あまりに嶮しければ止み・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・中古でも夜さりゃと新に買うたように見えようがな。」「そんなら安次を連れて来るぜ。帯は後でゆっくり見せて貰うわ。」「あかんぞ、あかんぞ!」と秋三は叫ぶと、奥庭から柄杓を持って走って来た。「うちへ置いといてやってもええわして。」とお・・・ 横光利一 「南北」
・・・美を装い艶を競うを命とする女、カラーの高さに経営惨憺たる男、吾人は面に唾したい、食を粗にしてフェザーショールを買う人がある。家庭を破壊してズボンの細きを追う人がある。雪隠に烟草を吹かし帽子の型に執着する子供を「人」たらしむべき教育は実に難中・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫