・・・ 洗濯毛布が入って毛布が二枚になったら、厚い夜着と代えることが出来るでしょうか? 夜着は十二月に出来ますが、ダラダララインは、今私の舌たらずな発音では大変言いにくくて、ダアダア、アインと聞えるそうです、一層悪いわね。 大学書林は一年一回・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・作家が現実に居直ることと常識に居坐ることとの差は必ず読者の在りようを作家にとって内在的に変えるばかりでなく、照りかえしてゆくものと思う。〔一九四〇年五月〕 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・「かえるもいいが、あんまり変えると何とか悪いことがおこりやしないかと思うんだけど…………」「それもそうだと思ってネ、今迷って居るんですよ」「まさか御前だもの、くだらないもんの手にかかって手をやかれるような事はしまいがね、とにかく・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ 文学が広汎な意味での生活の中からもたらされ、再び生活へ何ものかをもたらして返るものであるからには、この関係の中からどんなにしても作家自身を消してしまうことは出来ない。十九世紀のフランスの文学者の或る人々は、当時の科学的研究の発展進歩に・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・それからふざけながら町を歩いて帰ると、元日には寝ていて、午まで起きはしません。町でも家は大抵戸を締めて、ひっそりしています。まあ、クリスマスにお祭らしい事はしてしまって、新年の方はお留守になっているようなわけです」と云う。「でもお上のお儀式・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・返れと云うなら返る。」こう言い放って立ちしなに、下島は自分の前に据えてあった膳を蹴返した。「これは」と云って、伊織は傍にあった刀を取って立った。伊織の面色はこの時変っていた。 伊織と下島とが向き合って立って、二人が目と目を見合わせた・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・悟性活動をするものが人間で、その悟性活動に感覚活動を根本的に置き代えるなどと云うことは絶対に赦さるべきことではない。或いは彼らの感覚的作物に対する貶称意味が感覚の外面的糊塗なるが故に感覚派の作物は無価値であると云うならば、それは要するに感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 彼は頭を傾け変えるとボナパルトに云った。「閣下、これは東洋の墨をお用いにならなければなりません」 この時から、ナポレオンの腹の上には、東洋の墨が田虫の輪郭に従って、黒々と大きな地図を描き出した。しかし、ナポレオンの田虫は西班牙・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ ナポレオンはデクレスが帰ると、忿懣の色を表してひとり自分の寝室へ戻って来た。だが彼はこの大遠征の計画の裏に、絶えず自分のルイザに対する弱い歓心が潜んでいたのを考えた。殊にそのため部下の諸将と争わなければならなかったこの夜の会議の終局を・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・が、彼が戦えば戦うほど、彼が医者を変えれば変えるほど、医者の死の宣告は事実と一緒に明克の度を加えた。彼は萎れてしまった。彼は疲れてしまった。彼は手を放したまま呆然たる蔵のように、虚無の中へ坐り込んだ。そうして、今は、二人は二人を引き裂く死の・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫