・・・そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・何で忙がしいかと訊くと、或る科学上の問題で北尾次郎と論争しているんで、その下調べに骨が折れるといった。その頃の日本の雑誌は専門のものも目次ぐらいは一と通り目を通していたが、鴎外と北尾氏との論争はドノ雑誌でも見なかったので、ドコの雑誌で発表し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・文学が閑余の遊戯として見られていたばかりでなく、倫理も哲学も学者という小団体の書斎に於ける遊戯であった。科学の如きは学校教育の一課目とのみ見られていた。真に少数なる読書階級の一角が政治論に触るゝ外は一般社会は総ての思想と全く没交渉であって、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・真に愛を人生に抱くなら、なぜ資本主義文明が、益々人間生活の不平等を造りつゝあるのに、黙止するのか。科学的精神を尊重するなら、この社会をより善くすることに於てのみ個人を善くする理義を弁えて、自己享楽を捨てようとはしないのか。 若し、現時の・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・社会科学としては、それも重きをなす学説にちがいありません。そして、それを信ずることは、その人の勝手です。しかし、芸術には、その他の場合があるばかりでなく、芸術本来の精神は、もっと自由なものであり、その自由の教化に於てこそ存在の理由があるのだ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・しかし、僕かて石油がなんぜ肺にきくかちゅうことの科学的根拠ぐらいは知ってまっせ。と、いうのは外やおまへん。ろくろ首いうもんおまっしゃろ。あの、ろくろ首はでんな、なにもお化けでもなんでもあらへんのでっせ。だいたい、このろくろ首いうもんは、苦界・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・なるべく彼女と離れて歩きながら心斎橋筋を抜け、川添いの電車通りを四ツ橋まで歩き、電気科学館の七階にある天文館のバネ仕掛けで後へ倚り掛れるようになった椅子に並んで掛けた時、私ははじめてほっとしてあたりに客の尠いのを喜びながら汗を拭いたが、やが・・・ 織田作之助 「世相」
・・・六 第二の破産状態に陥って、一日一日と惨めな空足掻きを続けていた惣治が、どう言って説きつけたものか、叔父から千円ばかしの価額の掛物類を借りだしたから、上京して処分してくれという手紙のあったのはもう十月も中旬過ぎであった。ちょ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 近代科学の使徒の一人が、堯にはじめてそれを告げたとき、彼の拒否する権限もないそのことは、ただ彼が漠然忌み嫌っていたその名称ばかりで、頭がそれを受けつけなかった。もう彼はそれを拒否しない。白い土の石膏の床は彼が黒い土に帰るまでの何年かの・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・天地創生の本源は何だとか、やかましい議論があります。科学と哲学と宗教とはこれを研究し闡明し、そして安心立命の地をその上に置こうと悶いている、僕も大哲学者になりたい、ダルウィン跣足というほどの大科学者になりたい。もしくは大宗教家になりたい。し・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫