・・・主人夫婦はごくお人よしで家業大事とばかり、家の掃除と料理とのために、朝から晩まで一生懸命に働いていた。主人の姉――名はお貞――というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ この結論に達するまでの理路は極めて井然としていたが、ツマリ泥水稼業のものが素人よりは勝っているというが結論であるから、女の看方について根本の立場を異にする私には一々承服する事が出来なかった。が、議論はともあれ、初めは微酔気味であったの・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ そして、夫婦は、いっしょうけんめいに、家業に精を出したのであります。四、五年たちました。 すると、夫が病気にかかりました。病気はだんだんと重くなって、医者にみてもらうと、とても助からないということでありました。 夫は、死んでゆ・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・文子はそのころもう宗右衛門町の芸者で、そんな稼業とそして踊りに浮かれた気分が、幼な馴染みの私に声を掛けさせたといえましょうが、しかし、私は嬉しかった。と同時に、十年前会った丁稚姿、そして今夜は夜店出し、あたりの賑いにくらべていかにもしょんぼ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同じ調子だと、情なかった。 秋の夜、目の鋭いみすぼらしい男が投宿した。宿帳には下手糞な字で共産党・・・ 織田作之助 「実感」
・・・蝶子は一層ヤトナ稼業に身を入れた。彼女だけには特別の祝儀を張り込まねばならぬと宴会の幹事が思うくらいであった。祝儀はしかし、朋輩と山分けだから、随分と引き合わぬ勘定だが、それだけに朋輩の気受けはよかった。蝶子はん蝶子はんと奉られるので良い気・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ そう言いますと、あの時分は私も朝早くから起きて寝るまで、学校の課業のほかに、やたらむしょうに読書したものです。欧州の政治史も読めば、スペンサーも読む、哲学書も読む、伝記も読む、一時間三十ページの割合で、日に十時間、三百ページ読んでまだ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・意気地がないから親一人妹一人養うことも出来ずさ、下宿屋家業までさして置いて忠孝の道を児童に教えるなんて、随分変った先生様もあるものだね。然しお政さんなんぞは幸福さ、いくら親に不孝な男でも女房だけは可愛がるからね。お光などのように兵隊の気嫌ま・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そのためにレディとの交際が出来難く、触れ合う女性は喫茶ガールや、ダンサーや、すべて水稼業に近い雰囲気のものになるということは嘆くべきことだ。もっと男女選択のチャンスの広くなるような、美しい賢明な男女交際の機関をこしらえてやることは社会的義務・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・われわれも学生時代に課業のほか、寄宿舎の消灯後にも蝋燭をともして読書したものである。深い、一生涯を支配するような感激的印銘も多くそうした読書から得たのである。西田博士の『善の研究』などもそうして読んだ。とぼとぼと瞬く灯の下で活字を追っている・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫