・・・それから船頭が、板刀麺が喰いたいか、飩が喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江を嚇す処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全く考を転じて、使の役目でここを渡ることにしようかと思うた。「急ぎの使ひで月夜に江を渡りけり」という事を・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・を書いていて、中に「氏は自己の精神の最も大切な部分を他人の眼から隠すことを学んだのであろう」「おそらく氏は我国の自然主義者中最も自己の制作を一箇の技術として自覚し、この明瞭な自覚の上に文学を築いた作家であろう。いわば氏は我国の自然主義作家を・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 章子は、獅々舞いが子供を嚇すように胸を拳でたたきたたき笑いこけている小婢の方へじりじりよって行った。「怖わァ」「阿呆かいな」 階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下していた。が、暫くそ・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・彼奴は、見ないことを云えない代り、知っていることを隠す術を知りません。尋ねて見たら、徴の通りを云いました。大地の神が百年の眠りからさめて身じろぎをしようとしているのです。ミーダ 本当か?使者二 嘘は注進になりません。ヴィンダー ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ ここには、野沢富美子が、急に自分をとりかこんで天才だの作家だの人気商売だからと半ば嚇すように云ったりする人間だの、急におとなしくなった家のものだのに向って感じる信頼の出来ないいやな心持が、極めて率直に語られている。富美子の生麦弁を「言・・・ 宮本百合子 「『長女』について」
・・・の特徴は、作家の大衆に対する文化的指導性を自身の社会性についての省察ぬきに自認している点、及び、所謂俚耳に入り易き表現ということを、便宜的に大衆的という云い方でとりあげていて、従来の通俗文学との間に、画すべき一線のありやなしやを漠とさせてい・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・それ故、国民文学の翹望は、近代の日本文学に一つの時期を画す性質をもっているということも一応肯定されるが、社会の歴史のいかなる高まりもそれ以前の数々の必然からもたらされるとおり、文学におけるその声が或る画期的な意味をもっているという一つの事実・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・に到って、この作者の核心を画すテーマの曲線は充実した力を失っている。「真実一路」の守川義平が、なすべきこととした生きかたの内容は、その主観的な考えかたで、「生命の冠」の有村恒太郎の行為より遙に社会性が尠く、貧弱化した。「真実一路」のこの主人・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫