・・・また床上に流した石油に点火するときその炎の前面が花形に進行する現象からもまた、放射形柱状渦の存在を推定したことがあった。それの類推的想像と、もう一つは完全流体の速度の場と静電気的な力の場との類似から、例の不謹慎な空想をたくましくして、もしも・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・それからもう一つには、この年に相踵いで起った色々の災害レビューの終幕における花形として出現したために、その「災害価値」が一層高められたようである。そのおかげで、それまではこの世における颱風の存在などは忘れていたらしく見える政治界経済界の有力・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・すすけた障子紙へ一滴の水をたらすとしみができるが、その輪郭は円にならなくて菊の花形になる。筒井俊正君の実験で液滴が板上に落ちて分裂する場合もこれに似ている事が知られた。葡萄酒がコップをはい上がる現象にも類似の事がある。 剃刀をとぐ砥石を・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・平和の克復したこの後の時代にジャズ模倣の名手として迎えらるべき芸人の花形は朱塗の観音堂を見たことのないものばかりになるのである。時代は水の流れるように断え間なく変って行く。人はその生命の終らぬ中から早く忘れられて行く。その事に思い至れば、生・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・今日では誰も知っている彼の Meudon の佳景を発見したのは自然を写生するために古典の形式を破棄した Franais 一派の画工である。それからずっと上流の Mantes までを探ったのは Daubigny である。今まではその地名さえも・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・住み憂き土地にはあれどわれ時折東京をよしと思うは偶然かかる佳景に接する事あるがためなり。 巴里にては夏のさかりに夕立なし。晩春五月の頃麗都の児女豪奢を競ってロンシャンの賽馬に赴く時、驟雨濺来って紅囲粉陣更に一段の雑沓を来すさま、巧にゾラ・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・左れば今日人事繁多の世の中に一家を保たんとするには、仮令い直に家業経営の衝に当らざるも、其営業渡世法の大体を心得て家計の方針を明にし其真面目を知るは、家の貧富貴賤を問わず婦人の身に必要の事なりと知る可し。是れが為めには娘の時より読み書き双露・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この主人が、家計の事についてはまったく細君をして知らしめず、主人と細君とあたかも他人の如くならんとするの覚悟ならば、すなわち可ならんといえども、夫婦ともに一家の経済を始末せんと思わば、婦人にも分りやすき法を用うるこそ策の得たるものというべけ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・一 尚お成長すれば文字を教え針持つ術を習わし、次第に進めば手紙の文句、算露盤の一通りを授けて、日常の衣服を仕立て家計の出納を帳簿に記して勘定の出来るまでは随分易きことに非ず。父母の心して教う可き所なり。又台所の世帯万端、固より女子の知る・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・いてもその形を先にし、先ず衣裳を改めて文明の風を装い、交際を開いて文明の盛事を学び、只管外国婦人の所業に傚うて活溌を気取り、外面の虚飾を張りてかえって裏面の実を忘れ、活溌は漸く不作法に変じ、虚飾は遂に家計を寒からしめ、未だ西洋文明の精神を得・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫