・・・恐ろしい風の強い日で空にはちぎれた雲が飛んでいるので、仰いで見ているとこの神像が空を駆けるように見えました。辻の広場には塵や紙切れが渦巻いていました。 広場に向かって Au canon という料理屋があって、軒の上に大砲の看板が載せてあ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・恐ろしい風の強い日で空にはちぎれた雲が飛んでいるので、仰いで見ているとこの神像が空を駆けるように見えました。辻の広場には塵や紙切れが渦巻いていました。 広場に向かって Au canon という料理屋があって、軒の上に大砲の看板が載せてあ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・食事の時、仏蘭西人が極って Serviette を頤の下から涎掛のように広げて掛けると同じく、先生は必ず三ツ折にした懐中の手拭を膝の上に置き、お妾がお酌する盃を一嘗めしつつ徐に膳の上を眺める。 小な汚しい桶のままに海鼠腸が載っている。小・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 寝心地はすこぶる嬉しかったが、上に掛ける二枚も、下へ敷く二枚も、ことごとく蒲団なので肩のあたりへ糺の森の風がひやりひやりと吹いて来る。車に寒く、湯に寒く、果は蒲団にまで寒かったのは心得ぬ。京都では袖のある夜着はつくらぬものの由を主人か・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・他に累を及ぼさざるものが厳として存在していると云う事すら自覚しないで、真の世界だ、真の世界だと騒ぎ廻るのは、交通便利の世だ、交通便利の世だと、鈴をふり立てて、電車が自分勝手な道路を、むちゃくちゃに駆けるようなものである。電車に乗らなければ動・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・他に累を及ぼさざるものが厳として存在していると云う事すら自覚しないで、真の世界だ、真の世界だと騒ぎ廻るのは、交通便利の世だ、交通便利の世だと、鈴をふり立てて、電車が自分勝手な道路を、むちゃくちゃに駆けるようなものである。電車に乗らなければ動・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 然し、一人でさえも登り難い道を、一人を負って駈ける事は、出来ない相談だった。 彼等が、川上の捲上小屋へ着く前に、第一発が鳴った。「ハムマー穴のだ!」 小林は思った。音がパーンと鳴ったからだ。 ド、ドワーン!「相鳴り・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 彼等は根限り駆ける! すると車が早く廻る。ただそれ丈けであった。車から下りて、よく車の組立を見たり「何のために車を廻すか?」を考える暇がなかった。 秋山も小林も極く穏かな人間であった。秋山は子供を六人拵えて、小林は三人拵えて、秋山・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ 彼等は根限り駆ける! すると車が早く廻る。ただそれ丈けであった。車から下りて、よく車の組立を見たり「何のために車を廻すか?」を考える暇がなかった。 秋山も小林も極く穏かな人間であった。秋山は子供を六人拵えて、小林は三人拵えて、秋山・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・さて、当り前なら手紙の初めには、相手の方を呼び掛けるのですが、わたくしにはあなたの事を、どう申上げてよろしいか分かりません。「オオビュルナン様」では余りよそよそしゅうございます。「尊い先生様」では気取ったようで厭でございます。「愛する友よ」・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫