・・・いかに、今日、人事に対する批評判断のいゝ加減なることよ。これが、たゞちに記録となって、将来の歴史を編成するのである。 誠実に、生きるものは、もとより記録を残すと否とについて考えない筈だ。たゞ俗人のみが、すべてに於て、計画的であるであろう・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・と媼さんはいい加減にあしらって、例の洋銀の煙管で一服吸ってから、「それで、何でしょうか、写真は向う様へお見せ下さいましたでしょうか?」「ええ、それは見せました、こないだ私がお宅から帰ると、都合よくちょうど先の人が来合わせたものですから」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・何を言うても良え加減にきいといて下さい」「いや、誰のいうことも僕は信用しません」 全く、私は女の言うことも男の言うことも、てんで身を入れてきかない覚悟をきめていた。「それをきいて安心しました」 女は私の言葉をなんときいたのか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・は存在しなかったといっても過言でない以上、人間の可能性の追究という近代小説は、観念のヴェールをぬぎ捨てた裸体のデッサンを一つの出発点として、そこから発展して行くべきである。例えば、志賀直哉の文学の影響から脱すべく純粋小説論をものして、日本の・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ ぐらいのことは言い、いよいよとなれば、飲む覚悟も気休めにしていたほどであったから、一般大衆の川那子肺病薬に対する盲信と来たら、全くジフイレスのサルバルサンに於けるようなものだった――と、言って過言ではあるまい。病人にはっきり肺病だと知・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・もう好加減に通りそうなもの、何を愚頭々々しているのかと、一刻千秋の思い。死骸の臭気は些も薄らいだではないけれど、それすら忘れていた位。 不意に橋の上に味方の騎兵が顕れた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々と、一隊挙って五十騎ばかり。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「いや私も近頃は少し脳の加減を悪るくして居りましてな」とか、「えゝその、居は心を移すとか云いますがな、それは本当のことですな。何でも斯ういう際は多少の不便を忍んでもすぱりと越して了うんですな。第一処が変れば周囲の空気からして変るというもんで・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・傍の卓子にウイスキーの壜が上ていてこっぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり、人々は可い加減に酒が廻わっていたのである。 岡本の姿を見るや竹内は起って、元気よく「まアこれへ掛け給え」と一の椅子をすすめた。 岡本は容易に坐に就・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・童貞が去るとともに青春は去るというも過言ではない。一度女を知った青年は娘に対して、至醇なる憧憬を発し得ない。その青春の夢はもはや浄らかであり得ない。肉体的快楽をたましいから独立に心に表象するという実に悲しむべき習癖をつけられるのだ。性交を伴・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・材料も吟味し、木理も考え、小刀も利味を善くし、力加減も気をつけ、何から何まで十二分に注意し、そして技の限りを尽して作をしても、木の理というものは一々に異う、どんなところで思いのほかにホロリと欠けぬものでは無い。君の熔金の廻りがどんなところで・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫