・・・「若輩の分際として、過言にならぬよう物を言われい。忠義薄きに似たりと言わぬばかりの批判は聞く耳持たぬ。損得利害明白なと、其の損得沙汰を心すずしい貴殿までが言わるるよナ。身ぶるいの出るまで癪にさわり申す。そも損得を云おうなら、善悪邪正定ま・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ところが仲間に、よせやい、自分の首を絞めるものではないか、いゝ加減にやッつけて置けよとひやかされてしまった。すると、その労働者が、「馬鹿云え。政権一度われらの手に入らば、あすこはゲー・ペー・ウの本部になるんだ。そのために今から精々立派な・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・といい加減に間を合わしておくと、「万歳」と言ってにこにこして飛んできて、藤さんを除けて自分の隣りへあたる。「よ。姉さんもだよ」という。「よしよし」「何の事なんです」と藤さんは微笑む。「今電話がかかりましてね、……」「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・今の月が上弦だろうが下弦だろうが、今夜がクリスマスだろうが、新年だろうが、外の人間が為合せだろうが、不為合せだろうが構わないという風でいるのね。人を可哀いとも思わなければ、憎いとも思わないでいるのね。鼠の穴の前に張番をしている鸛のように動か・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・私のそれから八年間の創作は全部、三島の思想から教えられたものであると言っても過言でない程、三島は私に重大でありました。 八年後、いまは姉にお金をねだることも出来ず、故郷との音信も不通となり、貧しい痩せた一人の作家でしかない私は、先日、や・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・紅梅白梅が艶を競ったの、夢に夢みる思いをしたのといい加減な大嘘ばかり並べて、それからいよいよ山椒魚だ、巒気たゆとう尊いお姿が、うごめいていて、そうして夜網にひっかかったの、ぱくりと素早くたべるとか何とか言って、しまいには声をふるわせて、一丈・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・作者は疲れて、人生に対して、また現実のつつましい営みに対して、たしかに乱暴の感情表示をなして居るという事は、あながち私の過言でもないと思います。 もう一つ、これは甚だロマンチックの仮説でありますけれども、この小説の描写に於いて見受けられ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。 題して「グッド・バイ」現代の紳士淑女の、別離百態と言っては大袈裟だけれども、さまざまの・・・ 太宰治 「「グッド・バイ」作者の言葉」
・・・、その小山の如きうしろ姿を横目で見て、ほとんど畏敬に近い念さえ起り、思わず小さい溜息をもらしたものだが、つまりその頃、日本に於いてチャンポンを敢行する人物は、まず英雄豪傑にのみ限られていた、といっても過言では無いほどだったのである。 そ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・必ず泣く、といっても過言では無い。愚作だの、傑作だのと、そんな批判の余裕を持った事が無い。観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣くのである。五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌る朝、目がさめて、そ・・・ 太宰治 「弱者の糧」
出典:青空文庫