・・・要するに婦人がおしゃべりなれば自然親類の附合も丸く行かずして家に風波を起すゆえに離縁せよとの趣意ならんなれども、多言寡言に一定の標準を定め難し。此の人に多言と聞えても彼の人には寡言と思われ、甲の耳に寡言なるも乙の聞く所にては多言なることあり・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・また道徳の課にいたりては、特別に何主義を限らず、ただ教師朋友相互の責善談話をもって根本となし、その読むところの書は人々の随意に任じ、嘉言善行の実をしておのずから塾窓の中に盛ならしむるを勉むるのみ。 かくの如くして多年の成跡を見るに、幾百・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・その歌左に人にかさかしたりけるに久しうかへさざりければ、わらはしてとりにやりけるにもたせやりたる山吹のみの一つだに無き宿はかさも二つはもたぬなりけり その貧乏さ加減、我らにも覚えのあることなり。ひた土に筵・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・いくら昨日までよく泳げる人でも、今日のからだ加減では、いつ水の中で動けないようになるかわからないというのです。何気なく笑って、その人と談してはいましたが、私はひとりで烈しく烈しく私の軽率を責めました。実は私はその日までもし溺れる生徒ができた・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・けれども彼は、彼女の寡言の奥に、押し籠められている感情を察し抜いた。その一層明らかな証拠には、いつも活溌に眼を耀かせ、彼を見るとすぐにも悪戯の種が欲しいと云うような顔をする彼女が、今朝は妙に大人びて、逆に彼を労り、母親ぶり「貴女に判らないこ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・―― 要するに、今月の女優劇は決して成功の部類に属すべきものではないと云っても過言では無かろう。 見物の心に迫って来る俳優の技術は、只外部から磨をかけられた腕の冴えばかりではない。昔のように「型」できめて行くだけではなく、真個に我々・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・木曜日。下弦の月。さむし。 こんばんは。今、女の生活のことについての二十枚近いものを書き終り、タバコを一服というような、しかし心の中にはまださまざまの感想が動いているという状態で此を書きます。すこしくたびれた。今、口をきく対手がない。だ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・このたびの決議のレーニン的基礎づけ、思想的基礎づけの半ばは、同志小林が全力を傾けて実践した日和見主義との仮借なき闘争の成果によって行われたと云っても過言ではないであろう。 同志小林の不滅の精神は、今日われわれが正しい決議を発表し得るに至・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・ 大体、過去においてオノレ・ド・バルザックについて書いたほどの人で、彼の貴族好みに現れた趣味の低俗さを指摘しなかった伝記者、評論家は一人もなかったと云っても過言ではないであろうと考える。 頻繁で噪々しい笑いの持ち主、その頃流行の・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫