・・・ 問 君はその詩を佳作なりとなすや? 答 予は必ずしも悪作なりとなさず。ただ「蛙」を「河童」とせんか、さらに光彩陸離たるべし。 問 しからばその理由は如何? 答 我ら河童はいかなる芸術にも河童を求むること痛切なればなり。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・地面も、家作も、馬も、自働車も、一つ残らず賭けてしまう。その代り君はあの金貨のほかに、今まで君が勝った金をことごとく賭けるのだ。さあ、引き給え。」 私はこの刹那に欲が出ました。テエブルの上に積んである、山のような金貨ばかりか、折角私が勝・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ これはひとり馬琴に限って論ずる訳ではありませんが、すべて仮作物語の作者と実社会との関係を観察しますと、極端に異なった類例が二種あるのであります。一つはその仮作物語と実社会と並行線なのであります。他の一つはその仮作物語と実社会と直角的に・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・どうやら、佳作、という事に落ちついた様子であります。けれども芸術家は、その批評にも、まるで無関心のように、ぼんやりしていました。それから、驚くべきことには、実にくだらぬ通俗小説ばかりを書くようになりました。いちど、いやな恐るべき実体を見てし・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・つまらんものを書いて、佳作だの何だのと、軽薄におだてられたいばかりに、身内の者の寿命をちぢめるとは、憎みても余りある極悪人ではないか。死ね! 親が無くても子は育つ、という。私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさえ使い・・・ 太宰治 「父」
・・・ さらにまた、この作家に就いて悪口を言うけれども、このひとの最近の佳作だかなんだかと言われている文章の一行を読んで実に不可解であった。 すなわち、「東京駅の屋根のなくなった歩廊に立っていると、風はなかったが、冷え冷えとし、着て来た一・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・その画は小さいスケッチ版ではあったが、父の最近の佳作の一つであった。父の北海道旅行の収穫である。およそ二十枚くらい画いて来たのだが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいっていたので、他の二十枚程の画は、すぐに画・・・ 太宰治 「花火」
・・・ この男の姿のこの田畝道にあらわれ出したのは、今からふた月ほど前、近郊の地が開けて、新しい家作がかなたの森の角、こなたの丘の上にでき上がって、某少将の邸宅、某会社重役の邸宅などの大きな構えが、武蔵野のなごりの櫟の大並木の間からちらちらと・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ およそありの儘に思う情を言顕わし得る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いてそのまゝに謄・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・その洒堂を誨えたるもこれらの佳作を斥けたるにはあらで、むしろその濫用を誡めたるにやあらん。許六が「発句は取合せものなり」というに対して芭蕉が「これほど仕よきことあるを人は知らずや」といえるを見ても、あながち取合せを排斥するにはあらざるべし。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫