・・・(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷めたり殺したりするものが、一体どんなものだかわかっているか、どんなものでもいのちは悲と、須利耶さまは重ねておさとしになりました。(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすれ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・日本の大学は、人類の理性と学問に関するアカデミアであるより以前に、官僚と学閥の悪歴を重ねた。見えない半面で軍国主義日本の基盤を養いつつ……。 尾崎紅葉の「金色夜叉」は、貫一という当時の一高生が、ダイアモンドにつられて彼の愛をすてた恋人お・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・と言って、長十郎は微笑を含んで、心地よげに杯を重ねた。 しばらくして長十郎が母に言った。「よい心持ちに酔いました。先日からかれこれと心づかいをいたしましたせいか、いつもより酒が利いたようでござります。ご免をこうむってちょっと一休みいたし・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・梶が出て行ってみると、そこに高田が立っていて、そしてその後に帝大の学帽を冠った青年が、これも高田と似た微笑を二つ重ねて立っていた。「どうぞ。」 とうとう門標が戻って来た。どこを今までうろつき廻って来たものやら、と、梶は応接室である懐・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ところがあの通りこの上もない出世をして、重畳の幸福と人の羨むにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらし成るのに不審を打ものさえ多く、それのみか、御寵愛を重ねられる殿にさえろくろく笑顔をお作りなさるのを見上た人もないとか、鬱陶しそうにおもてなし・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・文芸復興期以来しきりに重ねられて来た人間の妄想が再びまた「人道主義」の情熱によって打ち砕かれるのである。世界史の大きい振り子は行き詰まるごとに運動の方向を逆に変えるが、しかしその運動の動因は変わらない。 それとともにもう一つ見落としては・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫