・・・新聞を窓へ翳したのである。「お気の毒様。」二「何だ、もう帰ったのか。」「ええ、」「だってお気の毒様だと云うじゃないか。」「ほんとに性急でいらっしゃるよ。誰も帰ったとも何とも申上げはしませんのに。いいえ、そうじ・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ とあるじも火に翳して、「そんな気でいった、内らしくないではない、その下宿屋らしくないと言ったんですよ。」「ですからね、早くおもらいなさいまし、悪いことはいいません。どんなに気がついても、しんせつでも、女中じゃ推切って、何かする・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・巻莨に点じて三分の一を吸うと、半三分の一を瞑目して黙想して過して、はっと心着いたように、火先を斜に目の前へ、ト翳しながら、熟と灰になるまで凝視めて、慌てて、ふッふッと吹落して、後を詰らなそうにポタリと棄てる……すぐその額を敲く。続いて頸窪を・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ たちまち、この時、鬼頭巾に武悪の面して、極めて毒悪にして、邪相なる大茸が、傘を半開きに翳し、みしと面をかくして顕われた。しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻を嘯き、息吹きを放ち、毒を嘯いて、「取て噛もう、取て噛もう。」と躍りかかる。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ で、虫の死んだ蜘蛛の巣を、巫女の頭に翳したのである。 かつて、山神の社に奉行した時、丑の時参詣を谷へ蹴込んだり、と告った、大権威の摂理太夫は、これから発狂した。 ――既に、廓の芸妓三人が、あるまじき、その夜、その怪しき仮装をし・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・中なる三人の婦人等は、一様に深張りの涼傘を指し翳して、裾捌きの音いとさやかに、するすると練り来たれる、と行き違いざま高峰は、思わず後を見返りたり。「見たか」 高峰は頷きぬ。「むむ」 かくて丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしな・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・燭が映って、透徹って、いつかの、あの時、夕日の色に輝いて、ちょうど東の空に立った虹の、その虹の目のようだと云って、薄雲に翳して御覧なすった、奥様の白い手の細い指には重そうな、指環の球に似てること。三羽の烏、打傾いて聞きつつあり。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ と卓子の上へ、煙管を持ったまま長く露出した火鉢へ翳した、鼠色の襯衣の腕を、先生ぶるぶると震わすと、歯をくいしばって、引立てるようにぐいと擡げて、床板へ火鉢をどさり。で、足を踏張り、両腕をずいと扱いて、「御免を被れ、行儀も作法も云っ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ それだのに、十歩……いや、もっと十間ばかり隔たった処に、銑吉が立停まったのは、花の莟を、蓑毛に被いだ、舞の烏帽子のように翳して、葉の裏すく水の影に、白鷺が一羽、婀娜に、すっきりと羽を休めていたからである。 ここに一筋の小川が流れる・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・紫玉はあの、吹矢の径から公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣りに翳しながら、袖を柔かに、手首をやや硬くして、あすこで抜いた白金の鸚鵡の釵、その翼をちょっと抓んで、きらりとぶら下げているのであるが。 仔細は希有な、…… 坊主・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
出典:青空文庫