・・・薄地セルの華奢な背広を着た太った姿が、血みどろになって倒れて居るのを、二人の水夫が茫然立って見て居た。 私の心にはイフヒムが急に拡大して考えられた。どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、き・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・いふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 前挿、中挿、鼈甲の照りの美しい、華奢な姿に重そうなその櫛笄に対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。 四 一目見ても知れる、濃い紫の紋着で、白襟、緋の長襦袢。水の垂りそうな、しかしその貞淑を思わせる・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・―― で、華奢造りの黄金煙管で、余り馴れない、ちと覚束ない手つきして、青磁色の手つきの瀬戸火鉢を探りながら、「……帽子を……被っていたとすれば、男の児だろうが、青い鉢巻だっけ。……麦藁に巻いた切だったろうか、それともリボンかしら。色・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・…… 袖形の押絵細工の箸さしから、銀の振出し、という華奢なもので、小鯛には骨が多い、柳鰈の御馳走を思出すと、ああ、酒と煙草は、さるにても極りが悪い。 其角句あり。――もどかしや雛に対して小盃。 あの白酒を、ちょっと唇につけた処は・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 彼はせめて貨車の中にでも身を隠すことができたら、幸福だと考えましたので、人目をしのんで、貨車に乗り込もうとしますと、中から、思いがけなく、「だれだ?」と声がしました。そして大男が龍雄をとらえました。龍雄はもう逃れる途はないと知・・・ 小川未明 「海へ」
・・・ふと鶏は頭をあげると、貨車に鉄のかごがのせられてあって、その内から真っ黒な怖ろしい動物が、じっと円い光る目で、こちらを見ているのに出あってびっくりいたしました。鶏は、コッ、コッ、といって、友だちを呼ぼうとしました。すると、くまは、穏やかに話・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・曾ては金持や、資本家というものを仮借なく敵視した時代もあったが、これ等の欲深者も死ぬ時には枕許に山程の財宝を積みながら、身には僅かに一枚の経帷衣をつけて行くに過ぎざるのを考えると、おかしくなるばかりでなく、こうした貯蓄者があればこそ地上の富・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たような訳ですからな、この上は一歩も仮借する段ではありません。如何なる処分を受けても苦しくないと云う貴方の証・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 例の玩具めいた感じのする小さな汽罐車は、礦石や石炭を積んだ長い貨車の後に客車を二つ列ねて、とことこと引張って行った。耕吉はこの春初めてこの汽車に乗った当時の気持を考え浮べなどしていたが、ふと、「俺はこの先きも幾度かこの玩具のような汽車・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫