・・・絵画、音楽、詩などを代表した花車も来る。赤十字の旗を立てた救護隊も交じっている。ずっとあとから「女皇中の女皇」マドムアゼルなにがしと言うのが花車の最高段の玉座に冠をいただいてすわっている。それからいろいろ広告の山車がたくさん来て、最後にまた・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・我国の文化は今も昔と同じく他国文化の仮借に外ならないのである。唯仔細に研究し来って今と昔との間にやや差異のあるが如く思われるのは、仮借の方法と模倣の精神とに関して、一はあくまで真率であり、一は甚しく軽浮である。一は能く他国の文化を咀嚼玩味し・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・いずれも市井の特色を描出して興趣津々たるが中に鍬形くわがたけいさいが祭礼の図に、若衆大勢夕立にあいて花車を路頭に捨て見物の男女もろともに狼狽疾走するさまを描きたるもの、余の見し驟雨の図中その冠たるものなり。これに亜ぐものは国芳が御厩川岸雨中・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・しかしカーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・その意味からいうと、美々しい女や華奢な男が、天地神明を忘れて、当面の春色に酔って、優越な都会人種をもって任ずる様や、あるいは天下をわがもの顔に得意にふるまうのが羨ましいのです。そうかと云ってこの人造世界に向って猪進する勇気は無論ないです。年・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・その一本を軽く踏まえた足を見るといかにも華奢にできている。細長い薄紅の端に真珠を削ったような爪が着いて、手頃な留り木を甘く抱え込んでいる。すると、ひらりと眼先が動いた。文鳥はすでに留り木の上で方向を換えていた。しきりに首を左右に傾ける。傾け・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・裸馬ではない鞍も置き鐙もつけ轡手綱の華奢さえ尽してじゃ。よいか。そしてその真中へ鎧、刀これも三十人分、甲は無論小手脛当まで添えて並べ立てた。金高にしたらマルテロの御馳走よりも、嵩が張ろう。それから周りへ薪を山の様に積んで、火を掛けての、馬も・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・鉄道線路も近いので、ボッボッボッボと次第に速く遠く消え去って行く汽車の響もきこえ、一日のうちに何度か貨車が通過するときには家が揺すぶれる。毎夜十一時すこし過ぎてから通るのが随分重いとみえて、いつもなかなかひどく揺れる。それから夜中の二時頃通・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・屋根からつららの下った貨車。そびえるエレバートルの下へ機関車にひかれて行く。何と新鮮なシベリア風景だ。 午後三時半。 晴れた西日が野にさして、雪は紫色だ。林は銅色。 小さい駅。白樺。黄色く塗った木造ステーション。チェホフ的だ。赤・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・「赤い貨車」は一九二八年の夏、ソヴェトで書いた。レーニングラードの郊外の「子供の村」という元ツァーの離宮だった町に、プーシュキンが学んだ貴族学校長の家が、下宿になっていた。そこで書いた。一九二八年の八月一日には、弟の英男が思想的な理由か・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
出典:青空文庫