・・・ 歴史はその仮借なさで「伸子」を永年にわたって変化させ、前進させた。「二つの庭」「道標」及びこれからかきつづけられてゆくいくつかの続篇をとおして、「伸子」のうちに稚くひびいている主題は追求され展開されてゆくであろう。 伸子一人の問題・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・穀物、家畜を積んだ貨車と、農具を満載した貨車とがすれちがった。 都会だ。工場だ。都会の工業生産と、労働者との姿が巨大に素朴にかかれている。 閲兵式につづいてデモはモスクワ全市のあらゆる街筋から、この赤い広場に流れこむ。 日が暮れ・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・嵐よ仮借なく吹き捲って徒らな瑣事と饒舌に曇った私の頭脳を冷せ。春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私とは双手を開き空を仰いで意味ある天の養液を四肢 心身に 普く浴びようとす・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・原作は遙に現実の仮借なさを描いていて、王龍は蓮英を追っぱらおうなどせず阿蘭は依然として紛糾する家庭の中で王龍に先立たれて了うのである。「大地」の監督に当ったシドニー・フランクリンは、ムニやライナーを東洋人として演じさせるためにこまかい注・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・而も、その靴が、子供らしい尨犬のようなのではなく、細く、踵がきっと高く、まるで貴婦人の履き料のような華奢な形のものなのである。 十二三の女の子の眼を瞠らせずには置かない。私は、驚いたり、羨しかったりで、熱心に眺めた。ところが、どうしたの・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・勇敢な看護婦・皇后エリザベスは小柄で華奢で、しかも強靭な身ごなしで、歩道によせられた自動車から降り立った。その背たけはすぐわきに立っていた私より、ほんの頭ぐらいしか高くなかった。どこでも、私はその学校ナイズすることが不得手で、大正の初めに苦・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ドアの内がひっそりとしているだけに、華奢な女靴と男靴とのごちゃまぜは何ともいえない諧謔があって、悪意なくこみ上げて来る笑いをおさえることが出来ない。六階はどうだろうと物ずき心を動かされ、すこし急いでのぼって見たら、やっぱり! ここにも同じこ・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・ 古貨車を利用してこしらえた農業労働者のキャンプのわきには、炊事車が湯気を立てている最中だ。 婦人労働者の派手な桃色のスカートが、炎天のキャンプの入口にヒラヒラしている。彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・―― 何台も連結された無蓋貨車に出来たてのトラクターがのせられた。数百露里のレールの上を、新しい集団農場に向って走ってゆく。 そのレールを走るのは、重い貨車ばかりではなかった。三等列車も通る。 一九三〇年の春の種蒔どきには、風変・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・漱石先生の心が華奢であったのか、私の見る文鳥は、決してあれほど、ろうたくはない。こまやかな銀灰色の体がぽってりと大らかで、白い頬、黒い頭、薄紅の嘴などは、あでやかな桃の咲く頃を想わせる。春の鳥という心がする。けれども、狙いをつけていざ飛ぼう・・・ 宮本百合子 「小鳥」
出典:青空文庫