・・・子供が四人いるときくと貸す人がなかった。やっと友人の助けで小部屋が二つ見つかった。家主がマルクス一家のシーツからハンカチーフ迄差押え、子供のおもちゃから着物まで差押えたときくと、あわてた薬屋、パン屋、肉屋、牛乳屋が勘定書を持って押かけて来た・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・の活動を妨害することで、勤労大衆がいく分なりと世界の本当の動きを階級的立場から理解出来ないようになれば、彼等にとって胡魔化すのに好都合だ。帝国主義日本の勤労大衆を反動文化で息もつかせず押し包んでおいて世界戦争を始めようと、われらプロレタリア・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・製糸所の女工さんなどをプロレタリアの女として目ざまさない為に、いろんなブルジョアくさい女学校の型ばかりの真似をして、役にも立たない作文だの、活花だの、作法だので労働の中から自ずと湧く階級的な心持を胡魔化すのです。さもなければ、後藤静香の勤労・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・いわゆるかすとり小説の影響がどんなにひどいかということは、さきごろ国立癩療養所の病者によってつくられた作品集をよんでも、まざまざと感じられた。これらの不幸な人々は、自身の不幸についてさえまともな人生問題、社会問題として正面からとりくむ態度を・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・落日を受けて美しいのはこの遠くかすんだ山々です。田は収穫時です。お湯は一日一度です。どうぞ御安心下さい。〔欄外に〕夜も早ねをして居ります。 十月十二日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 長野県上林温泉より〕 十月十二日、小雨ふった・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ この話を林町の父にしたら、地震につぶれぬよう羽目にかすがいというか斜木を打ってやろうと申しました。そう云ったけれど、それなり忘れているのです。相変らずいそがしいから。この頃は国府津へ準急もとまらないから不便になりました。丹那が開通したから・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・トピックとしての思想と見聞の現実性とが、機械的に絡み合わされたこの作品での試みの後、作者は生活の思想、文学の思想として思想を血肉化す努力はすてたように見える。 判断と生きる方向とを文学的に求めてゆかず、浮世の荒波への市民的対応の同一平面・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・習俗が課すしきたりの行為とその評価とに対して自主的な意志と目的の発動において人間が行為するだけ勇敢であるべきことを主張した。「先生」も「代助」もそのような自己の主張に立って生活を統一しようとしているために日露戦争後の世間の風潮にそむいて外見・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 鮮やかな形のうちに清い渋みをたたえたライラック色の花弁は、水のように日を燦かすフレームの中で、無邪気な、やや憂いを帯びた蝶が、音を立てず群れ遊ぶように見えた。 飴緑色の半透明な茎を、根を埋めた水苔のもくもくした際から見あげると、宛・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・日本の民衆生活に世界的感覚がつちかわれていないためにまた、社会史の上でヨーロッパ市民との間にくいちがいがあるために、或る場合、或る種の人々が、一定の利害を合理化すために外国作家をかつぎあげることがはやった。もう、わたしたちは、きょうになって・・・ 宮本百合子 「序(『歌声よ、おこれ』)」
出典:青空文庫