・・・まだ新しく、ほんの仮設らしい、通抜けで、ただ両側に店が並んだが、二三個処うつろに穴があいて、なぜか箪笥の抽斗の一つ足りないような気がする。今来た入口に、下駄屋と駄菓子屋が向合って、駄菓子屋に、ふかし芋と、茹でた豌豆を売るのも、下駄屋の前なら・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・但しいずれも自分が仮設したのでない、出処はあるのである。いわゆる「出」は判然しているので、御所望ならば御明かし申して宜しいのです。ハハハ。 これは二百年近く古い書に見えている談である。京都は堀川に金八という聞えた道具屋があった。この金八・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・悪い心境ということについては二つの仮説を設けることが出来ます。一つは原作者がこの小説を書くとき、たいへん疲れて居られたのではないかという臆測であります。人間は肉体の疲れたときには、人生に対して、また現実生活に対して、非常に不機嫌に、ぶあいそ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・科学の基礎をなすものは、物理界に於いても、化学界に於いても、すべて仮説だ。肉眼で見とどける事の出来ない仮説から出発している。この仮説を信仰するところから、すべての科学が発生するのだ。日本人は、西洋の哲学、科学を研究するよりさきに、まず聖書一・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・従ってやや「もっともらしい仮説」というまでには漕ぎつけられる見込みがあるのである。そこまで行けば、それはともかくも一つの仮説として存在する価値を認めなければならず、また実際科学者たちにある暗示を提供するだけの効果をもつ事も有りうるであろうと・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・広い意味における仮説なしには科学は成立し得ないと同様に、厳密な意味で現実を離れた想像は不可能であろう。科学者の組み立てた科学的系統は畢竟するに人間の頭脳の中に築き上げ造り出した建築物製作品であって、現実その物でない事は哲学者をまたずとも明白・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・デカルトの荒唐な仮説は渦動分子説の因をなしているとも見られる。植物学者ブラウンの物好きな研究はいったん世に忘れられたが、近年に到って分子説の有力な証拠として再び花が咲いたのである。実用方面でも幾多の類例がある。ガリレーの空気寒暖計は発明後間・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・それで私の現在の仕事は、そういう方面への第一歩として、一つの作業仮説のようなものを持ち出したに過ぎないのである。 以上の調べの結果で、たとえば Aso, Usu, Esan, Uson, Asur, Osore, Ossar 等が意味の・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・熱心な野鳥研究家のうちにもしこの実測を試みる人があれば、その結果は自分の仮説などはどうなろうとも、それとは無関係に有益な研究資料となるであろう。 星野温泉はちょっとした谷間になっているが、それを横切って飛ぶことがしばしばあった。そういう・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・例えば殺人罪を犯した浪人の一団の隠れ家の見当をつけるのに、目隠しされてそこへ連れて行かれた医者がその家で聞いたという琵琶の音や、ある特定の日に早朝の街道に聞こえた人通りの声などを手掛りとして、先ず作業仮説を立て、次にそのヴェリフィケーション・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
出典:青空文庫