・・・夜間は陸上の空気が海上のものよりも著しく冷却するから、これと反対の過程が行なわれて、上層では海のほうから陸へ、下層では陸から海へ微風が吹く、これがいわゆる陸風である。 これはすでによく知られた事実である。 上層と下層とで風向きが反対・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・そこでわれわれはいろいろの仮想的実験を試みる。たとえばある一人の虚無的な思想をもった大学生に高利貸しの老婆を殺させる。そうして、これにかれんな町の女や、探偵やいろいろの選まれた因子を作用させる。そうして主人公の大学生が、これに対していかに反・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・と称する仮装行列が行われた。これも真面目な勤勉な市民が羽目をはずして怠け巫山戯る日であった。これは警察の方でとうに制限を加えたようである。 どんな勤倹な四民も年に一度のお花見には特定の「濫費デー」を設けた。ある地方の倹約な商家では平日雇・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・さるやかにが出て来たりまた栗のいがや搗臼のようなものまでも出て来るが、それらは実はみんなやはりそういう仮面をかぶった人間の役者の仮装であって、そうしてそれらの仮装人物相互の間に起こるいろいろな事件や葛藤も実はほんの少しばかりちがった形で日常・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・陸海軍当局者が仮想敵国の襲来を予想して憂慮するのももっともな事である。これと同じように平生地震というものの災害を調べているものの目から見ると、この恐るべき強敵に対する国防のあまりに手薄すぎるのが心配にならないわけには行かない。戦争のほうは会・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 次に上の仮想的の場合において現象の発生する時期がある程度まで知られたりと仮定せよ。この場合に起る地震の強弱の度を如何ほどまで予知し得べきか。単に糸を引き切る場合ならば簡単なれども、地殻のごとき場合には破壊の起り方には種々の等級あるべし・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ このような仮想的の試験があてになるかどうかは自分にも曖昧であったが、ともかくも一つ実物について試験をしてみて、もしさわりがありそうであったら、すぐにやめればよいと思った。 風のない蒸し暑いある日の夕方私はいちばん末の女の子をつれて・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ しかし、象牙の塔のガラス窓の中から仮想ディノソーラス「ジャーナリズム」の怪奇な姿をこわごわ観察している偏屈な老学究の滑稽なる風貌が、さくら音頭の銀座から遠望した本職のジャーナリストの目にいかに映じるかは賢明なる読者の想像に任せるほかは・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・このように、遂げられなかった欲望がやっと遂げられたときの狂喜と、底なしの絶望の闇に一道の希望の微光がさしはじめた瞬間の慟哭とは一見無関係のようではあるが、実は一つの階段の上層と下層とに配列されるべきものではないかと思われる。 この流涕の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それと、もう一つ、宅の門脇の長屋に住んでいた重兵衛さんの一家との交渉が自分の仮想的自叙伝中におけるかなり重要な位置を占めているようである。 重兵衛さんの家は維新前にはちゃんとした店をもった商人であったらしいが、自分の近づきになった頃はい・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫