・・・亀の方は出来たけれども、兎の方はあんまり大きく作ったので、片方の耳の先きが足りなかった。もう十ほどあればうまく出来上るんだけれども、八っちゃんが持っていってしまったんだから仕方がない。「八っちゃん十だけ白い石くれない?」 といおうと・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・三人一緒になってから、おとよも省作も心の片方に落ちつきを得て、見るものが皆面白くなってきた。おのずから浮き浮きしてきた。目下の満足が楽しく、遠い先の考えなどは無意識に腹の隅へ片寄せて置かれる事になった。 これが省作おとよの二人ばかりであ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・やはり、片方の技が折れていたっけが。」 村の松の木の片方の枝は、冬、大雪が降ったときに折れたものでした。旅人は、なつかしそうに、ひじょうにそれとよく姿の似ている、松の木の下にきて休みました。木の影は、こうして慕い寄った旅人をいこわせるに・・・ 小川未明 「曠野」
・・・いままで遊びに気をとられていた子供らは、目を丸くしてそのじいさんの周囲に集まって、片方の箱の上に立てたいろいろの小旗や、不思議な人形などに見入ったのです。 なぜなら、それらは不思議な人形であって、いままでみなみなが見たことがないものばか・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・しかし片方はただ笑うだけでその話には乗らなかった。 2 生島はその夜晩く自分の間借りしている崖下の家へ帰って来た。彼は戸を開けるとき、それが習慣のなんとも言えない憂鬱を感じた。それは彼がその家の寝ている主婦を思い出す・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・さーっと鏡の中の顔が消えて、あぶり出しのようにまた現われたりする。片方の眼だけが出て来てしばらくの間それに睨まれていることもある。しかし恐怖というようなものもある程度自分で出したり引込めたりできる性質のものである。子供が浪打際で寄せたり退い・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、暗いのは当然であったが、その隣家が寺町通にある家にもかかわらず暗かったのが瞭然しない。しかしその家が暗くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。もう一つはその家の打・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 役所は免められ、眼はとうとう片方が見えなくなり片方は少し見えても物の役には立たず、そのうち少しの貯蓄はなくなってしまいました。それから今の姿におちぶれたのでございますが、今ではこれを悲しいとも思いません、ただ自分で吹く尺八の音につれて・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・頭に十文字に繃帯をして片方のちぎれかけた耳朶をとめている者がある。 唇をやられた男は、冷えた練乳と、ゆるい七分粥を火でも呑むように、おず/\口を動かさずに、食道へ流しこんでいた。皆と年は同じに違いないが、十八歳位に見える男だ。その男はい・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ございます、そいつを重くちゃいやだから、それで工夫をして、竹がまだ野に生きている中に少し切目なんか入れましたり、痛めたりしまして、十分に育たないように片っ方をそういうように痛める、右なら右、左なら左の片方をそうしたのを片うきす、両方から攻め・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫