・・・それはコルソの往還を一つへだてたすぐ向うに住むベルナルドーネ家のフランシスだった。華美を極めた晴着の上に定紋をうった蝦茶のマントを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わす笏を右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさった無頼の風俗だったが、その顔・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「都会が、いたずらに華美であり、浮薄であることを知らぬのでない。自分は、かつて都会をあこがれはしなかった。けれど、立身の機会は、つかまなければならぬ。世の中へ出るには、ただあせってもだめだ。けれど、また機会というものがある。藤本先生は、・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ 静かな、淋しい生活であろう……とか或は賑かな、華美な生活であろう……とか言うのは、これは傍から見てたゞそういうように思うばかりであって、果して其人の心には、どう感じているか立ち入って見なければ分らない。同時にどちらが幸福であるか、また・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・しがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日の崇り今し方明いて参りましたと着更えのままなる華美姿名は実の賓のお夏が涼しい眼元に俊雄・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・彼は偉大なのらくら者、悒鬱な野心家、華美な薄倖児である。彼を絶えず照した怠惰の青い太陽は、天が彼に賦与した才能の半ばを蒸発させ、蚕食した。巴里、若しくは日本高円寺の恐るべき生活の中に往々見出し得るこの種の『半偉人』の中でも、サミュエルは特に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・クラスでは私ひとり、目立って華美な服装をしていた。いよいよこれは死ぬより他は無いと思った。 私はカルモチンをたくさん嚥下したが、死ななかった。「死ぬには、及ばない。君は、同志だ。」と或る学友は、私を「見込みのある男」としてあちこちに・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・これでもか、これでもか、生垣へだてたる立葵の二株、おたがい、高い、高い、ときそって伸びて、伸びて、ひょろひょろ、いじけた花の二、三輪、あかき色の華美を誇りし昔わすれ顔、黒くしなびた花弁の皺もかなしく、「九天たかき神の園生、われは草鞋のままに・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・菊代は学童の机の上に腰をかける。華美な和服の着流し。もう、すっかり春だ。津軽の春は、ドカンと一時にやって来るね。ほんとうに。ホップ、ステップ、エンド、ジャンプなんて飛び方でなくて、ほんのワンステップで、からりと春になってしま・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・当り五山の僧支那より伝来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味佳肴を供し、華美相競うていたずらに奢侈の風を誇りしに・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・住宅を建てた時でも色々な耐震的の工夫をして金目をかけたが、見かけの華美を求める心はなかったようである。 末広君の大学における講義にも特徴があったそうである。分量を少なく、出来るだけ簡易平明にして、しかも主要な急所を洩れなく、また実に適切・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
出典:青空文庫