・・・その途端に障子が明くと、頸に湿布を巻いた姉のお絹が、まだセルのコオトも脱がず、果物の籠を下げてはいって来た。「おや、お出でなさい。」「降りますのによくまた、――」 そう云う言葉が、ほとんど同時に、叔母と神山との口から出た。お絹は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・―― 第一に、記録はその船が「土産の果物くさぐさを積」んでいた事を語っている。だから季節は恐らく秋であろう。これは、後段に、無花果云々の記事が見えるのに徴しても、明である。それから乗合はほかにはなかったらしい。時刻は、丁度昼であった。―・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・いや、もう少し起き上るのが遅かったら、砂煙を立てて走って来た、どこかの貨物自働車に、轢かれてしまった事でしょう。泥だらけになった新蔵は、ガソリンの煙を顔に吹きつけて、横なぐれに通りすぎた、その自働車の黄色塗の後に、商標らしい黒い蝶の形を眺め・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 今椅子に掛けている貨物は、潜水器械というものを身に装った人間に似ていて、頗る人間離れのした恰好の物である。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・多くは果物を餌とする。松葉を噛めば、椎なんぞ葉までも頬張る。瓜の皮、西瓜の種も差支えぬ。桃、栗、柿、大得意で、烏や鳶は、むしゃむしゃと裂いて鱠だし、蝸牛虫やなめくじは刺身に扱う。春は若草、薺、茅花、つくつくしのお精進……蕪を噛る。牛蒡、人参・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ と再度更って、「小児が懐中の果物なんか、袂へ入れさせれば済む事よ。 どうも変に、気に懸る事があってな、小児どころか、お互に、大人が、とぼんとならなければ可いが、と思うんだ。 昨日夢を見た。」 と注いで置きの茶碗に残った・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・三人は東金より買い来たれる菓子果物など取り広げて湖面をながめつつ裏なく語らうのである。 七十ばかりな主の翁は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた。その中には面白き話もあっ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ ある果物屋の前で、ふたたび昨日の美しい女の人に出あいました。 彼は思わず顔を赤らめて、その人を見送りますと、「このごろ、港にはいってきた、赤い船のお客さまだよ。」と、町の女房たちが、うわさしているのをきいたのであります。・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・ あくる日の夜は、はや、暗い貨物列車の中に揺すられて、いつかきた時分の同じ線路を、都会をさして走っていたのであります。 夜が明けて、あかるくなると、汽車は、都会の停車場に着きました。 そして、その日の昼過ぎには、小包は宛名の家へ・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・「果物は、日のよく当たるところでなければ、よく育たないとお父さんもおっしゃったよ。」「じゃ、僕も、こんど日当たりのいいところへ植えかえてやろう。」といって、吉雄くんは、自分のうちのいちじゅくが、くらべものにならぬほど、成長のおそいの・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
出典:青空文庫