・・・しかし、もっと深いところでこんにち認められる危険は、資本主義社会のいわゆる文化、娯楽が、きわめて知覚的な刺戟の連続として歌謡・バレー、あてものなどで組立てられ、プログラムづけられているということである。労働条件のわるさ――たえざる疲労と心労・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・詩は歌謡との結びつきで、文学の形態としても一番集団の感情、意志表示に便宜であり、その性質から実に端的に率直に、詩の社会的性格や詩の背後にある集団の表情、身振りが現れて来ている。琵琶歌は昔の支那の詩形によっているものであるが、今日、それは勇壮・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・箇人教授をしているのだが、藍子の他に彼に弟子は無く、またあったとしても無くなるのが当然な程、彼はずぼらな男であった。火曜と木曜の稽古の日藍子が彼の二階へ訪ねて行ってもいない時がよくあった。昨日からお帰りにならないんですよ。階下の神さんが藍子・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 我々は、一度目の経験で、斯様に、一寸でも目ぼしいと思うような貸家の広告は、如何程迅速に人々の注意を牽き、又交渉されるかを覚えて居た。 朝八時頃新聞を見、本郷から下谷の其処まで行くうちに、もう十幾人目かの人と、すっかり話が纏って仕舞・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 左様な時に必然的な強い要求の起って来ない――来て居ると思ってもそれは単にその想像に過ぎないものである事は疑いない。 斯様な心持になる事は決して、私一人の心持ではない。 多く物を読み知らなければならないと思うものが或時に於ては陥・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・ 山本有三氏は、斯様にして獲得された今日の彼としての成功に至る迄の人生の経験から、次第に一つのはっきりとした彼の芸術の脊髄的テーマとでも云うべきものを掴んで来ているように見える。それは、予備条件として在来の社会機構から生じた各個人間の極・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・ 丁度今頃、矢張り斯うやって同じディブァンの上に坐り乍ら、何度、斯様な賑やかな睦しい同胞共の様子を眺めて来ただろう。 けれども、今自分の胸に流れて居るような一抹の寂しさは、一度でも嘗て味ったことがあるだろうか。 泰子の良人は、四・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・ 当庵は斯様に見苦しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候方々、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之候えども、借財等は一切無き某、厘毛たりとも他人に迷惑相掛け申さず、床の間の脇、押入の中の手箱には、些少ながら金子貯えおき候えば・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・わたしの通う塩浜のあるあたりまで、あなた方がおいでなさると、夜になってしまいましょう。どうもそこらでいい所を見つけて、野宿をなさるよりほか、しかたがありますまい。わたしの思案では、あそこの橋の下にお休みなさるがいいでしょう。岸の石垣にぴった・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・街へ通う飛脚の荷車の上には破れた雨合羽がかかっていた。河には山から筏が流れて来た。何処かの酒庫からは酒桶の輪を叩く音が聞えていた。その日婦人はまた旅へ出ていった。「いろいろどうもありがとうこざいまして。」 彼女は女の子の手を持って灸・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫