・・・焼味噌の塩味香気と合したその辛味臭気は酒を下すにちょっとおもしろいおかしみがあった。 真鍮刀は土耳古帽氏にわたされた。一同はまたぶらぶらと笑語しながら堤上や堤下を歩いた。ふと土耳古帽氏は堤下の田の畔へ立寄って何か採った。皆々はそれを受け・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・、異色ある蔓バラ模様のレッテル、ポスタア、新聞広告など、ほとんどおひとりで、お画きになっていたのだそうで、いまでは、あの蔓バラ模様は、外国の人さえ覚えていて、あの店の名前を知らなくても、蔓バラを典雅に絡み合せた特徴ある図案は、どなただって一・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・二様三様の心理は絡みあって、その持主たちを停頓させているばかりではない。この病的にあらわされている主我とその心理傾向は、主観において強烈でありながら、客観的には一種の無力状態であるから、より年少な世代の精神的空白をみたし、戦争によって脳髄を・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・トピックとしての思想と見聞の現実性とが、機械的に絡み合わされたこの作品での試みの後、作者は生活の思想、文学の思想として思想を血肉化す努力はすてたように見える。 判断と生きる方向とを文学的に求めてゆかず、浮世の荒波への市民的対応の同一平面・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・ 一人の作家の生きる時代の歴史性と、個性的個人的な諸条件とが実にこみ入って絡みあって生じるその人の精神のコムプレックスは不幸な場合には一個の作家を窒息させ死にも至らしめるものだろう。しかし、作家に成長があるとすれば、畢竟はこの自身のコム・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・氏のこの感情のありようと現代の或る小市民の感傷とは互に絡みあって最近の尾崎氏の作品に、一種芝居絵のような感情の線の誇張とうねりと好調子の訴えとをつよめている。氏の描く世界が、従来多くの作家に扱われて来ている種類のインテリゲンツィアでなく、さ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 日本文学のなかでたとえそれがどんな形で経験されたにしろ自然主義の時代は背後にしている私たち今日の作家にとって、現実への凝視と云う場合、それが対象への単に主観的な執拗な絡みであっては、文学を健全におしすすめる力として弱いことがわからせら・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・日本の作家のおくれている状態は市民精神に於ておくれたまま、文学は神聖な超俗的な仕事であるという先入観に絡みとられている無力さに現われているとも考えられる。軍事的専制と営利出版との共同圧力で、真の文化は潰された。 その営利出版は、今なお残・・・ 宮本百合子 「作家への新風」
・・・ 女の場合には男より一層それが社会の通念や常套と絡みあって来る。葛藤が女性を文学以前において消耗する力は、何とおそろしく執拗だろう。そのたたかいの間から漸々いくらかずつ自身の文学を成長させて来ている事実は、現在私たち同時代の婦人作家の殆・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・それを表現したいと思えば、生きつつある現実に絡みあって創作の方法も変化してゆかないわけには行くまいと信じているのである。 オオソドックスというならば、人間は理性のあるもので、発展的な人間性をもっているという事実。そして、そのような人間は・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
出典:青空文庫