・・・一本の木の枯れることは極めて区々たる問題に過ぎない。無数の種子を宿している、大きい地面が存在する限りは。 或夜の感想 眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・夜になると街道に出て声の嗄れるまで吠えた。さて草臥れば、別荘の側へ帰って独で呟くような声を出して居た。 冬の夜は永い。明別荘の黒い窓はさびしげに物音の絶えた、土の凍た庭を見出して居る。その内春になった。春と共に静かであった別荘に賑が来た・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・あとで手を洗おうとする時は、きっと涸れるのだからと、またしても口金をしめておいたが。―― いま、午後の三時ごろ、この時も、さらにその水の音が聞こえ出したのである。庭の外には小川も流れる。奈良井川の瀬も響く。木曾へ来て、水の音を気にするの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ そして、海の中に身を投げて死ぬほどの勇気もなく、いたずらに、醜く年を取って木の枯れるように死んでしまうことが、その美しい死に較べたら、どんなにか陰気で、また暗い事実でありましたでしょう? 日が沈むころになると、毎日のように、海岸を・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・あの岩から引き離されたときは、枯れると思ったのがこうして生きるばかりでなく、あのあらしから、吹雪から、もう、まったく安心なのだ。なんという人間は、神以上の力を持っていることだろう。」 しんぱくは、人間を偉いと思いました。ここへくる人たち・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・その一生のつとめを終ってしまった樹木が、だん/\に、どこからともなく枯れかけて、如何なる手段を施しても、枯れるものを甦らすことは出来ないように死んでしまった。 土地も借金も同時になくなってしまったことを僕は喜んだ。せい/\とした。虹吉は・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・捨てりゃ、ネギでも、しおれて枯れる、ってさ。」「なんだ、身の上話はつまらん。コップを借してくれ。これから、ウイスキイとカラスミだ。うん、ピイナツもある。これは、君にあげる。」怪力 田島は、ウイスキイを大きいコップで、ぐ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・浮塵子に似た緑色の小さい虫が、どの薔薇にも、うようよついていたのを、一匹残さず除去してやった。枯れるな、枯れるな、根を、おろせ。胸をわくわくさせて念じた。薔薇は、どうやら枯れずに育った。 私は、朝、昼、晩、みれんがましく、縁側に立って垣・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・とにかく去年などは幾株かのばらとつつじを綺麗に坊主にしてしまわれた。枯れるかと思ったら存外枯れもしないで、今年の春の日光を受けるとまた正直に若芽を吹き出して来た。今にまた例の青虫が出るだろうと思って折々気をつけて見るが、今年はどうしたのか、・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・ 主として、冬は川が涸れる。川の水が涸れないと、川の中の発電所の仕事はひどくやり難い。いや、殆んど出来ない。一冬で出来上らないと、春、夏、秋を休んで、又その次の冬でないと仕事が出来ない。 一冬で、巨大な穴、数万キロの発電所の掘鑿をや・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫