・・・政治狂が便所わきの雨樋の朽ちた奴を……一雨ぐらいじゃ直ぐ乾く……握り壊して来る間に、お雪さんは、茸に敷いた山草を、あの小石の前へ挿しましたっけ。古新聞で火をつけて、金網をかけました。処で、火気は当るまいが、溢出ようが、皆引掴んで頬張る気だか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・さきには汗出でて咽喉渇くに、爺にもとめて山の井の水飲みたりし、その冷かさおもい出でつ。さる時の我といまの我と、月を隔つる思いあり。青き袷に黒き帯して瘠せたるわが姿つくづくとみまわしながら寂しき山に腰掛けたる、何人もかかる状は、やがて皆孤児に・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・熱が酷うござんすから舌が乾くッて、とおし、水で濡しているんですよ。もうほんとうにあわれなくらいおやせなすって、菊の露でも吸わせてあげたいほど、小さく美しくおなりだけれど、ねえ、新さん、そうしたら身体が消えておしまいなさろうかと思って。」・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ と下りて来て、長火鉢の前に突立ち、「ああ、喉が渇く。」 と呟きながら、湯呑に冷したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、「頂戴。」 とばかりぐっと飲みぬ。「あら! 酷いのね、この人は。折角冷しておいたものを。」・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・鼻筋のすっと通ったを、横に掠めて後毛をさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……切の長い、睫の濃いのを伏目になって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のような肱を搦む、唐縮緬の筒袖のへりを取った、継合わせも・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 饑渇く如く義を慕う者は福なり、其故如何? 其人の饑渇は充分に癒さるべければ也とのことである、而して是れ現世に於て在るべきことでない事は明である、義を慕う者は単に自己にのみ之を獲んとするのではない、万人の斉く之に与からんことを欲するので・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・目は瞬きもやんだように、ひたと両の瞳を据えたまま、炭火のだんだん灰になるのを見つめているうちに、顔は火鉢の活気に熱ってか、ポッと赤味を潮して涙も乾く。「いよいよむずかしいんだとしたら、私……」とまた同じ言を呟いた。帯の間から前の端書を取・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 何の罪も咎も無いではないか? おれも亦同じ事。殺しはしたけれど、何の罪がある? 何の報いで咽喉の焦付きそうなこの渇き? 渇く! 渇くとは如何なものか、御存じですかい? ルーマニヤを通る時は、百何十度という恐ろしい熱天に毎日十里宛行軍し・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・吉はぐいぐい漕いで来ましたが、せっせと漕いだので、艪臍が乾いて来ました。乾くと漕ぎづらいから、自分の前の処にある柄杓を取って潮を汲んで、身を妙にねじって、ばっさりと艪の臍の処に掛けました。こいつが江戸前の船頭は必ずそういうようにするので、田・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・これが乾くと西風が砂を捲く。この泥に重い靴を引きずり、この西風に逆らうだけでも頬が落ちて眼が血走る。東京はせちがらい。君は田舎が退屈だと言って来た。この頃は定めてますます肥ったろう。僕は毎日同じ帽子同じ洋服で同じ事をやりに出て同じ刻限に家に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫