・・・黄金の川面からブラッシについて落ちるしたたりは黄金のしずくのようで舟も又それと同じにかがやいて居る。黄金の舟に、黄金の水、はだかんぼうな赤鬼はその上を走り廻って居る。……まるで草紙の中の插絵のような有様を、海の色も空の様子も忘れはてて見入っ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・けれ共、紅の日輪が全く山の影に、姿をかくした時、川面から、夕もやは立ちのぼって、うす紫の色に四辺をとざす間もなく、真黒に浮出す連山のはざまから黄金の月輪は団々と差しのぼるのである。この時、無窮と見えた雲の運動は止まって、踏むさえ惜しい黄金の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 長い鉤竿で、羊の群を放ったように川面に浮いている氷を押しやりながら、パンコフのところに使われている髪蓬々の、坊主の古帽をかぶったククーシュキンが、二人の方へ顔を向け、有頂天に云った。「アントーヌィッチ、殊に坊主があんたを好きません・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・まだ花火を見る舟は出ないので、川面は存外込み合っていない。僕の乗った舟を漕いでいる四十恰好の船頭は、手垢によごれた根附の牙彫のような顔に、極めて真面目な表情を見せて、器械的に手足を動かしてろを操っている。飾磨屋の事だから、定めて祝儀もはずむ・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫