・・・むろんこれは西国立志編の感化でもあろう、けれども一つには彼の性情が祖父に似ているからだと思われる。彼の祖父の非凡な人であったことを今ここで詳しく話すことはできないが、その一つをいえば真書太閤記三百巻を写すに十年計画を立ててついにみごと写しお・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。 二年の後に日蓮は許されて鎌倉に帰った。 彼は法難によって殉教することを期する・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかし精神の力、心霊の感化力で訴えられると男子は兜をぬがずにはいられない。それでもなお女性をふみにじる者は獣だ野蛮人だ。そういう者は男性の間で軽蔑せられ、淘汰されて滅びて行く。 だから女性の人生における受持は、その天賦の霊性をもって、人・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・食色の慾が足り、少しの閑暇があり、利益や権力の慾火は断えず燃ゆるにしてもそれが世態漸く安固ならんとする傾を示して来て、そうむやみに修羅心に任せてもがきまわることも無効ならんとする勢の見ゆる時において、どうして趣味の慾が頭を擡げずにいよう。い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・とは思ったが、それは小児の釣であるとすればとかくを言うにも及ばぬことであるとして看過すべきであるから宜い。ただ自分に取って困ったことはその児の居場処であった。それは自分が坐りたい処である。イヤ坐らねばならぬところである、イヤ当然坐るべきとこ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・もしまた人生に、社会的価値とも名づけるべきものがあるとすれば、それは、長寿にあるのではなくて、その人格と事業とか、四囲および後代におよぼす感化・影響のいかんにあると信じていた。今もかく信じている。 天寿はとてもまっとうすることができぬ。・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・長寿必しも幸福ではなく、幸福は唯だ自己の満足を以て生死するに在りと信じて居た、若し、又人生に社会的価値とも名づくべきもの之れ有りとせば、其は長寿に在るのではなくて、其人格と事業とが四囲及び後代に及ぼす感化・影響の如何に在りと信じて居た、今も・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりころり日の下開山の栄号をかたじけのうせんこと死者の首を斬るよりも易しと鯤、鵬となる大願発起痴話熱燗に骨も肉も爛れたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下した隣の桟橋に歳十八ばかりの細そりと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・これはおげんがまだ若い娘の頃に、国学や神道に熱心な父親からの感化であった。お新は母親の機嫌の好いのを嬉しく思うという風で、婆やと三吉の顔を見比べて置いて、それから好きな煙草を引きよせていた。 その朝から三吉はおげんの側で楽しい暑中休暇を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・同志の一人はうちに来て、寄宿から帰ったぼくと姉を兄貴への心服の上に感化しました。三・一五が起り、兄は転向、結婚、嫁と母の仲悪るく、兄夫婦はぼく達を置いて東京で暮していました。人道主義的なマルキストであり、感傷的な文学少年、数学の出来なかった・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫