・・・なる思想は露文学から養われた点もあるが、もっと大関係のあるのは、私が受けた儒教の感化である。話は少し以前に遡るが、私は帝国主義の感化を受けたと同時に、儒教の感化をも余程蒙った。だから一方に於ては、孔子の実践躬行という思想がなかなか深く頭に入・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・固なる意思に制せられて謹厳に身を修めたる彼が境遇は、かりそめにも嘘をつかじとて文学にも理想を排したるなるべく、はた彼が愛読したりという杜詩に記実的の作多きを見ては、俳句もかくすべきものなりとおのずから感化せられたるにもあらん。芭蕉の門人多し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下していた。が、暫くそうやっているうち、ひろ子は、ひとを笑わせ自分も笑っている章子が可哀そうみたいな妙な心持になって来た。紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・中学校の教師を勤めているうちに自身の少年時代の生活経験から左翼の活動に共感し、そのために職を失った魚住敬之助という男が、北海道まで行って、不良少年感化院の教師となって暮している。左翼の力が退潮した後、思想上の混乱から彼は死のうとして失敗し、・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・こういうことを果して看過していいかどうかということについては、吾々は深く憂うるのである」。稲本錠之助弁護人は、フランス大革命当時の哲学者ジョセフ・ジューベールの言葉をひいて弁論した。「一体この事件がランプの光の前で検討されたものならばまだし・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・(にじり出した、宮の端から下界を瞰下一寸下を覗かせろ。愚鈍な人間共が、何も知らずに泰平がっている有様を、もう一息の寿命だ。見納めに見てやろう。ヴィンダー 俺の大三叉も、そろりそろりと鳴り始めたぞ。この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。ふむ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 矢鱈に自由を拘束しない代りには、子供に悪感化を与える圏境からは出来るだけ遠ざかる。父が事務所に出勤し、一寸芝居でも見に出かけるには如何にも都合よい下町の家があったのだけれども、子供の為に、生理的、精神的に危険が多いから、自分達は着物一・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・第三者から見ると、どうして、ああかと思う程、自然に、身について或る一特性が善用されているかと思うと、その一方では、何故あれが看過していられるだろうと思うような矛盾が、当然のことのように行われている。そこに、我々が或る国民の生活を観察するに、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・叡智は奴隷の労役の上につくり出された閑暇の上に咲いていたから。ギリシア伝説の支配階級のものとしてのモラルは、それら賢人たちのモラルとして実感されていたのであった。現代の社会科学は一人の平凡な女性にもこの意味ふかい秘密をときあかして見せている・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・活動写真館の音楽隊は、太鼓、クラリネットを物干しまで持ち出し、下をぞろぞろ通る娘たちを瞰下しつつ、何進行曲か、神様ばかり御承知の曲を晴れた空まで吹きあげた。「きみちゃん、おいでよ、これ」「サア入らっしゃい! 入らっしゃい!」 下・・・ 宮本百合子 「町の展望」
出典:青空文庫