・・・泉はまるで一つの灌漑の水路のように勢よく岩の間から噴き出ていた。斉田はつくづくかがんでその暗くなった裂け目を見て云った。(断層泉 富沢は蕗をつけてある下のところに足を入れてシャツをぬいで汗をふきながら云った。 頭を洗ったり口をそそい・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そのことは、同じ小説の中の文句でもはっきり宣言せられているのであるが、今私たちがこの小説を読むと、何か一口にいい表わせぬ深い感慨に打たれざるを得ないのである。 この小説の書かれた時代でさえも、まだ個人の感情や個人生活の利害が、階級の感情・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・これに反して、新しい人間生活のために暗渠をつくり、灌漑用水を掘り、排水路をつけて、自身の歴史をみのらしてゆこうとする事業は、まったく新しい事業である。一揆、暴動などという悲劇的な正義の爆発の道をとおらずに、人民の全線が抑圧に抵抗しようとする・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・ 北海道開発に志を遂げなかった政恒は、福島県の役人になってから、猪苗代湖に疏水事業をおこし、安積郡の一部の荒野を灌漑して水田耕作を可能にする計画を立て、地方の有志にも計ってそれを実行にうつした。複雑な政党関係などがあって、祖父が一向きな・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・かように存じているうち、今日御位牌に御焼香いたす場合になり、とっさの間、感慨胸に迫り、いっそのこと武士を棄てようと決心いたした。お場所柄を顧みざるお咎めは甘んじて受ける。乱心などはいたさぬというのである。 権兵衛の答を光尚は聞いて、不快・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼が物心がついた時には祖父はもう七十以上で、その後二十年の間、この界隈の老人が死ぬごとに、幾度となく祖父の感慨を聞いたものでした。昔の同じ時代を知っているものが、もうたった三人になった、二人になった、一人になった、自分ひとり取り残された! ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫