・・・ 今は、五カ年計劃の実行に忙がしかった。能率増進に、職場と職場が競争した。贅沢品や、化粧品をこしらえているひまはなかった。そんなものをかえりみているどころではなかった。 寒気が裂けるように、みしみし軋る音がした。 ペーチカへ、白・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・靴は重く、寒気は腹の芯にまでしみ通って来た。…… 黒島伝治 「橇」
一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ そのたびに、森の中では、歓喜の声を上げていた。 中には、倒れた者が、また起き上って、びっこを引き引き走って行く者がある。傷ついた手をほかの手で握って走る者がある。それをパルチザンは森の中からねらいをきめて射撃した。興奮した感情は、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・義戦争の危機――即ち、三ツの帝国主義ブルジョアジーが××の××的分割をやろうとしていることゝ共に、ソヴェート・ロシアに対する他のもろ/\の帝国主義国家が衝突しようとする危機も迫りつゝあることに、注意を喚起しておきたい。これは、いろ/\な意味・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 村は、歓喜の頂上にある者も、憤慨せる者も、口惜しがっている者も、すべてが悉く高い崖の上から、深い谷間の底へ突き落されてしまった。喜ぶことはやさしかった。高い所から深いドン底へ墜落するのは何というつらいことだろう! 荒された土地には・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど、一切の便利は備わりありて商家の繁盛云うばかり無し。客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず来いとよび立てました。 おばあさんはそれを聞きましたが、その日はこの世も天国ほどに美しくって、これ以上のものをほしい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・九月、十月、十一月、御坂の寒気堪えがたくなった。あのころは、心細い夜がつづいた。どうしようかと、さんざ迷った。自分で勝手に、自分に約束して、いまさら、それを破れず、東京へ飛んで帰りたくても、何かそれは破戒のような気がして、峠のうえで、途方に・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・おさえにおさえて、どっと爆発した歓喜の情が、よくわかるのである。バンザイ以外に、表現が無い。しばらくして兄は、「よかった!」と一言、小さい声で呟いて、深く肩で息をした。それから、そっと眼鏡をはずした。 私は、危く噴き出しそうになった・・・ 太宰治 「一燈」
出典:青空文庫