・・・前日来の病もまだ全くは癒えぬにこの旅亭に一夜の寒気を受けんこと気遣わしくやや落胆したるがままよこれこそ風流のまじめ行脚の真面目なれ。 だまされてわるい宿とる夜寒かな つぐの日まだき起き出でつ。板屋根の上の滴るばかりに沾いたるは昨・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、 汝等審に諸の悪業を作る。或は夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 智慧のよろこびも、肉体の歓喜も奪われた日々の裡で、若さゆえに、一筋の情熱を守って自身の成長を念願してきた女性の心情こそ、明日へ伸びてゆく日本の浄き母なる力です。 私たちは正しい希望と発案とを集め、それを組織することを学びましょう。・・・ 宮本百合子 「明日を創る」
・・・、恋愛とか結婚とかの問題について話す場合、特別その上に新しいという形容詞をつけて持ち出す場合、それは多かれ少かれ、従来理解され、また経験されて来た恋愛や結婚より何かの意味で豊富な、新鮮な、我々の生きる歓喜となり得るものを求めようとする心持が・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ けれども、作業場といえば、おのずから採光や換気のことも考えられる。日本が世界第一の結核国であり、若い女の死亡率が最高であることも考えられる。 工場の昨今では、早出、残業、夜業は普通であるし、設備の不十分な下請け工場の簇出と不熟練工・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 作者はまた、当時文学とよばれる分野に入りこんできたいかがわしい出版物について注意を喚起している。たとえば、ある作家によって『文芸』にもちこまれ、発表された勝野金政の「モスク」という小説について。この筆者は警視庁の特高課から手記を出版さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢について、注意を喚起した。 世間の輿論は、不幸な母親由紀子さんに同情を示し、結局、東京検事・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・というものについての理解が、作品中にはっきり姿をあらわしている点、特に多くの注意を喚起した。 農村のはてしない収奪と資本主義の高利貸搾取と二重の重圧によって祖先伝来の樹木さえ失い「樹のない村」となった山間のK部落の自作農らが、更に戦争の・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・彼は換気設置の問題で来たのだ。「俺は職場中に約束してしまったんだ。この四半期内にやっつけるって。今更、もう三月待てなんぞと云って見ろ……それこそ物笑いだ。工場管理者の御亭主……自分の女房にさえ統制が利かないって……」 然しそれは、ド・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・けれども、藤村氏は、どういう好尚から、その出発の前夜に勘当していた蓊助を旅館によんで、勘気をゆるしたのであったろう。藤村氏自身の青年時代を考えいろいろすると、勘当そのものが解せないようにもある。微妙な事情があって、そういう形式がとられたとし・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
出典:青空文庫